つりがね草
- SS置き場です。 9割方BabyPrincessの二次創作になります。
[PR]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
どうしようもなく空に憧れた日のこと
キミの姿を、私の目は追ってしまう。
数瞬前まで――
私は目の前の本にしか意識を向けていなかったのに、キミがソファーに座る私の前を横切るのに、私は目敏く気付く。
熱心に読んでいたはずの文章の事などはすっかりと忘れて、キミが何をするのか、じっと見つめてしまう。
リビングに入ってくるキミ。
ジーンズにシャツのラフな格好。
――そのシャツは確かキミのお気に入りでしたね。
右手にはマグカップを持っていて。
――中身は空みたいですね、おかわりを注ぎに来たのでしょうか。
顔には微かに笑顔を浮かべている。
――キミになにか良いことがあったのでしょうか?
そう聞くことも出来ないまま、キミは私の方も一度も見ずに通り過ぎて行ってしまう。
そうして私はキミが見えなくなるまで目で追って、ようやく本に視線を戻すことが出来る。
さっきまで読んでいた場所はどこだったかを探すのに数秒かかって、ようやく本の世界に戻ることが出来る。
しかし、私は気付かない。
キミに気付いて、目で追ってしまう私に、私は気付けない。
キミの声を、私の耳は捉えてしまう。
私が家の廊下を歩いている時。
書庫で次に読む本を読んでいる時。
もしくは夜に、二人分の寝息の聞こえる自分の部屋のベッドの上でまどろみに身を預けている時。
――微かに聞こえてくる、
氷柱姉に詰問されて、何かを弁解しているキミの困り果てたような声を。
妹達と一緒に家の庭を駆け回って、追いかけっこをしているキミの遊び声を。
そして、私が入ることを許されてない夜のリビングで、姉たちと楽しそうに談笑しているキミの笑い声を、私の耳は聞き取ってしまう。
少しでもキミの声を感じたなら、私はまるで細い糸を手繰るかのように、キミのその声に耳を傾けてしまう。
女性しかいない我が家の中で、キミの低い声は、私の耳に心地良く響いて聞こえてくる。
しかし、私は聞こえない。
キミの声を聞こうとする私の心の音が、私は聞こえない。
そして、何よりも――
キミの熱を、私は敏感に感じ取ってしまう。
春の風の強い日、私の乱れる髪を押さえるように、キミに撫でられた頭が。
夏の日の帰り道、コンビニで秘密のアイスを買った後に、キミと繋いだ手が。
秋の肌寒くなってきたリビングで、静かに読書をしながら、キミと寄り添った肩が――
キミの側を離れてもいつまでも熱を持って、キミの存在を訴え続けるのです。
まるで、キミの熱が私の中に残っているかのようで。
……そういえば、キミに髪を梳かされたことがありましたね。
あれはそう、冬休み中の、のんびりと時間の流れる私達の部屋での出来事でした。
キミにブラッシングをされていた星花姉や夕凪姉が、次は私の番とばかりに、
それはもう熱心に、キミのそれを薦めてくるので、興味が湧いて一度だけやってもらいましたが、
ああ、あの時ほど、自分の軽率な行動を後悔した事はありません。
キミの手が私の髪を撫でる。お世辞にも綺麗とは言い辛い私の癖のある髪を、キミの手が滑る。
とても繊細で、しかし力強く、私の髪を梳いて。
気が付くと――キミは、私の中に、熱を生み出していて。
そう――
その時私は、私に気付きました。
冷たい私の中で見つけた、暖かい形。
私の想い――
かつては「愛」と評した私の気持ち。
家族愛、兄妹愛、親愛――どのような愛でもいいです。
キミへと向かっている、私のこの気持ちは「愛」などではなく――
「恋」なのだと。
書物の中では何度となく追体験した言葉、しかし。
一度自分の身で起これば取り返しのつかない、厄介な代物なのだと――
気付いてしまいました。
兄さん――
私は、どうしたらいいのでしょうか?
数瞬前まで――
私は目の前の本にしか意識を向けていなかったのに、キミがソファーに座る私の前を横切るのに、私は目敏く気付く。
熱心に読んでいたはずの文章の事などはすっかりと忘れて、キミが何をするのか、じっと見つめてしまう。
リビングに入ってくるキミ。
ジーンズにシャツのラフな格好。
――そのシャツは確かキミのお気に入りでしたね。
右手にはマグカップを持っていて。
――中身は空みたいですね、おかわりを注ぎに来たのでしょうか。
顔には微かに笑顔を浮かべている。
――キミになにか良いことがあったのでしょうか?
そう聞くことも出来ないまま、キミは私の方も一度も見ずに通り過ぎて行ってしまう。
そうして私はキミが見えなくなるまで目で追って、ようやく本に視線を戻すことが出来る。
さっきまで読んでいた場所はどこだったかを探すのに数秒かかって、ようやく本の世界に戻ることが出来る。
しかし、私は気付かない。
キミに気付いて、目で追ってしまう私に、私は気付けない。
キミの声を、私の耳は捉えてしまう。
私が家の廊下を歩いている時。
書庫で次に読む本を読んでいる時。
もしくは夜に、二人分の寝息の聞こえる自分の部屋のベッドの上でまどろみに身を預けている時。
――微かに聞こえてくる、
氷柱姉に詰問されて、何かを弁解しているキミの困り果てたような声を。
妹達と一緒に家の庭を駆け回って、追いかけっこをしているキミの遊び声を。
そして、私が入ることを許されてない夜のリビングで、姉たちと楽しそうに談笑しているキミの笑い声を、私の耳は聞き取ってしまう。
少しでもキミの声を感じたなら、私はまるで細い糸を手繰るかのように、キミのその声に耳を傾けてしまう。
女性しかいない我が家の中で、キミの低い声は、私の耳に心地良く響いて聞こえてくる。
しかし、私は聞こえない。
キミの声を聞こうとする私の心の音が、私は聞こえない。
そして、何よりも――
キミの熱を、私は敏感に感じ取ってしまう。
春の風の強い日、私の乱れる髪を押さえるように、キミに撫でられた頭が。
夏の日の帰り道、コンビニで秘密のアイスを買った後に、キミと繋いだ手が。
秋の肌寒くなってきたリビングで、静かに読書をしながら、キミと寄り添った肩が――
キミの側を離れてもいつまでも熱を持って、キミの存在を訴え続けるのです。
まるで、キミの熱が私の中に残っているかのようで。
……そういえば、キミに髪を梳かされたことがありましたね。
あれはそう、冬休み中の、のんびりと時間の流れる私達の部屋での出来事でした。
キミにブラッシングをされていた星花姉や夕凪姉が、次は私の番とばかりに、
それはもう熱心に、キミのそれを薦めてくるので、興味が湧いて一度だけやってもらいましたが、
ああ、あの時ほど、自分の軽率な行動を後悔した事はありません。
キミの手が私の髪を撫でる。お世辞にも綺麗とは言い辛い私の癖のある髪を、キミの手が滑る。
とても繊細で、しかし力強く、私の髪を梳いて。
気が付くと――キミは、私の中に、熱を生み出していて。
そう――
その時私は、私に気付きました。
冷たい私の中で見つけた、暖かい形。
私の想い――
かつては「愛」と評した私の気持ち。
家族愛、兄妹愛、親愛――どのような愛でもいいです。
キミへと向かっている、私のこの気持ちは「愛」などではなく――
「恋」なのだと。
書物の中では何度となく追体験した言葉、しかし。
一度自分の身で起これば取り返しのつかない、厄介な代物なのだと――
気付いてしまいました。
兄さん――
私は、どうしたらいいのでしょうか?
PR
ささめゆき
雪華図説
――『せっかずせつ』って、読むみたいです。
今日、吹雪ちゃんがユキのところへ持ってきてくれた本のタイトルです。
読み方は吹雪ちゃんに教えてもらいました。
今日はお兄ちゃんも知っての通り、たくさんたっくさん雪が降りました!
こんなに雪が降るのは珍しいわーって、海晴お姉ちゃんも言ってたくらいです。
灰色の空からふわりふわりと、数え切れないくないに落ちてくる、雪の粒。
ユキがちょっと目を離した間に、お庭も裏山も、あたり一面がまっしろになってて――
そこでみんなが、雪合戦したり、雪だるまを作ったりするのを――
ユキは、リビングの大きなガラス戸から眺めていました。
夕凪お姉ちゃんが立夏お姉ちゃんに雪玉をぶつけた、その時です。
「ああ、ユキ、いいところに――面白い本が見つかりましたよ」
ユキが振り返ると、そこにはちょっとコウフンした様子の吹雪ちゃんが居ました。
「――吹雪ちゃん?」
だからユキはちょっとびっくりしちゃって――
最初は雪が降ってて嬉しいのかな?って思ったんだけど、
そうじゃなくて、吹雪ちゃんはユキに向かって、一冊のご本を差し出したんです。
それは、なんだかとってもふるーい見た目の本で。
「なにこれ…?」
「雪華図説っていう本なんです。雪の結晶が図解されていて、江戸後期頃に出版された本なんですが、これは復刻版で、ああそれでも結構希少価値の高いものなんですが、まさか我が家の書庫でこれを発見できるとは思いませんでした――」
「せっか、ずせつ?けっしょう?」
「はい」
吹雪ちゃんのきらきらとした瞳が、ユキを見つめます。
ユキは、なんだか、のけぞってしまいます。
春風お姉ちゃんがファンヒーターのスイッチを入れてくれました。
「――ともあれ、ユキ、中を見てください」
「うん……」
吹雪ちゃんに言われるがままに、ユキは本の中を見てみることにします。
ちょっとざらついたような、手触りで。
最初の方のページはなんだかむずかしい言葉がいっぱい書いてあって、
ユキには、読めなくて――
「……?」
「そこじゃなくて、先です」
吹雪ちゃんの手が横から伸びて、ユキの代わりに本のページを捲っていきます。
1ページ、2ページ――
難しい文字のページが終わるとそこには――
綺麗なお花のような模様がたくさん描かれたページが出てきました。
「……わぁ…!」
でも、お花のようで、そうでないような……
なんて言ったらいいのか分からないけど――とにかく、色んなカタチ!
それがいっぱい、描いてあって。
「ユキは、知っていましたか?」
その模様に夢中になっているユキに、吹雪ちゃんは教えてくれます。
「今降っている、あの雪は――実は、拡大してよく見てみると、こういう形をしているんですよ」
「えっ――」
ほんとうに?と、今度はユキが吹雪ちゃんの顔を見つめます。
吹雪ちゃんはガラス戸から、灰色の、今も雪の止まない空を見上げていました。
つられて、ユキも空を見上げて――
「本当です」
「ほんとにほんと?」
「ええ、空の上で雪が出来る時に、自然にこういう氷の結晶を形作るんだそうです」
すごい――すごい、すごいです!
お兄ちゃんは知ってましたか?
あの――小さな小さな雪の粒が、
この本に描かれてるみたいに、綺麗な形をしてるなんて――
ユキは、ユキは――
コウフンしすぎて体調を崩したりしないようにって、おうちの中に居たのに――
胸がドキドキとするのを抑えられませんでした!
――吹雪ちゃんが、もうひとつユキに教えてくれたことがありました。
『せっかずせつ』は、雪の花の形の絵本っていう意味みたいで。
雪の花――
お兄ちゃん。
雪は、花だったんです!
それから――
外で遊び疲れたみんなが帰ってくるまでは、
ううん、みんなが帰ってきた後も――
みんなで、どんな雪の形が好きかのお話をしました。
お兄ちゃんは、どんな雪の形が好きですか?
あとで教えてください――
ユキは、綿雪は、お兄ちゃんの好きな雪の花の姿になれたらいいなって、思います♡
――『せっかずせつ』って、読むみたいです。
今日、吹雪ちゃんがユキのところへ持ってきてくれた本のタイトルです。
読み方は吹雪ちゃんに教えてもらいました。
今日はお兄ちゃんも知っての通り、たくさんたっくさん雪が降りました!
こんなに雪が降るのは珍しいわーって、海晴お姉ちゃんも言ってたくらいです。
灰色の空からふわりふわりと、数え切れないくないに落ちてくる、雪の粒。
ユキがちょっと目を離した間に、お庭も裏山も、あたり一面がまっしろになってて――
そこでみんなが、雪合戦したり、雪だるまを作ったりするのを――
ユキは、リビングの大きなガラス戸から眺めていました。
夕凪お姉ちゃんが立夏お姉ちゃんに雪玉をぶつけた、その時です。
「ああ、ユキ、いいところに――面白い本が見つかりましたよ」
ユキが振り返ると、そこにはちょっとコウフンした様子の吹雪ちゃんが居ました。
「――吹雪ちゃん?」
だからユキはちょっとびっくりしちゃって――
最初は雪が降ってて嬉しいのかな?って思ったんだけど、
そうじゃなくて、吹雪ちゃんはユキに向かって、一冊のご本を差し出したんです。
それは、なんだかとってもふるーい見た目の本で。
「なにこれ…?」
「雪華図説っていう本なんです。雪の結晶が図解されていて、江戸後期頃に出版された本なんですが、これは復刻版で、ああそれでも結構希少価値の高いものなんですが、まさか我が家の書庫でこれを発見できるとは思いませんでした――」
「せっか、ずせつ?けっしょう?」
「はい」
吹雪ちゃんのきらきらとした瞳が、ユキを見つめます。
ユキは、なんだか、のけぞってしまいます。
春風お姉ちゃんがファンヒーターのスイッチを入れてくれました。
「――ともあれ、ユキ、中を見てください」
「うん……」
吹雪ちゃんに言われるがままに、ユキは本の中を見てみることにします。
ちょっとざらついたような、手触りで。
最初の方のページはなんだかむずかしい言葉がいっぱい書いてあって、
ユキには、読めなくて――
「……?」
「そこじゃなくて、先です」
吹雪ちゃんの手が横から伸びて、ユキの代わりに本のページを捲っていきます。
1ページ、2ページ――
難しい文字のページが終わるとそこには――
綺麗なお花のような模様がたくさん描かれたページが出てきました。
「……わぁ…!」
でも、お花のようで、そうでないような……
なんて言ったらいいのか分からないけど――とにかく、色んなカタチ!
それがいっぱい、描いてあって。
「ユキは、知っていましたか?」
その模様に夢中になっているユキに、吹雪ちゃんは教えてくれます。
「今降っている、あの雪は――実は、拡大してよく見てみると、こういう形をしているんですよ」
「えっ――」
ほんとうに?と、今度はユキが吹雪ちゃんの顔を見つめます。
吹雪ちゃんはガラス戸から、灰色の、今も雪の止まない空を見上げていました。
つられて、ユキも空を見上げて――
「本当です」
「ほんとにほんと?」
「ええ、空の上で雪が出来る時に、自然にこういう氷の結晶を形作るんだそうです」
すごい――すごい、すごいです!
お兄ちゃんは知ってましたか?
あの――小さな小さな雪の粒が、
この本に描かれてるみたいに、綺麗な形をしてるなんて――
ユキは、ユキは――
コウフンしすぎて体調を崩したりしないようにって、おうちの中に居たのに――
胸がドキドキとするのを抑えられませんでした!
――吹雪ちゃんが、もうひとつユキに教えてくれたことがありました。
『せっかずせつ』は、雪の花の形の絵本っていう意味みたいで。
雪の花――
お兄ちゃん。
雪は、花だったんです!
それから――
外で遊び疲れたみんなが帰ってくるまでは、
ううん、みんなが帰ってきた後も――
みんなで、どんな雪の形が好きかのお話をしました。
お兄ちゃんは、どんな雪の形が好きですか?
あとで教えてください――
ユキは、綿雪は、お兄ちゃんの好きな雪の花の姿になれたらいいなって、思います♡
ネオン・テトラ
北風に追いやられながらも、ようやく帰ってこれた我が家の玄関の前。
手袋を取って腕時計を見ると、もうとっくに0時を回って……はいないけれど、そんな時間。
ふぅ、と、ひとつ。
気分を切り替えるため息を吐いて、私は家のドアを開ける。
「ただいま」
「あ、おかえり海晴姉さん」
リビングから弟くんの声が聞こえてくる。そのすぐ後に顔をのぞかせて、玄関にまで迎えに来てくれる。
(なんだかちょっと犬っぽくて、可愛いのよね)
「外寒かったでしょ?」
「そりゃあ、もう!」
「だよねぇ」
もうみんなとっくに寝ちゃったかな?と思っていたけれど、
弟くんだけは私の帰りをちゃあんと待っていてくれたみたいで。
そういうところも、お姉ちゃんはポイント高いと思ってますよ?
「でも海晴姉なら予報であらかじめわかってたんじゃないの?」
「分かってても寒いものは寒いの!もう……とりあえず手洗いうがいしなきゃ」
「あ、待ってみは姉」
「なあに?」
「みは姉もコーヒー飲む?」
「もちろん!」
普段はめったに飲む機会がないけれど、
弟くんのいれてくれるコーヒーが、私は好き。
もともとうちではあの苦い飲み物を飲むような子が少なくて、
もちろん、大人ぶってコーヒーを飲みたがる子は定期的には出るけれど、それはその時の一回だけで、
いっつも春風ちゃんや蛍ちゃんの淹れてくれる紅茶とか緑茶なんかをみんなで飲んだりして。
そんなお茶が私も弟くんも好きで。
だから、こうしてリビングから漂ってくるコーヒーの匂いを嗅ぐと、私は少しだけどきりとする。
(少し前までの家の中にはあんまり無かった香りだから?)
(弟くんが家に来てくれて新しく変わったことはたくさんあるけれど、これもそのひとつなのかしらね)
そんな風に思って、私はちょっとだけ微笑む。
コートとバッグを部屋に置いて、鏡を覗いてちょっと身支度を整えてから、
寒い廊下は小走りでリビングに戻ると、ちょうど弟くんは私のマグカップにコーヒーをいれてくれていた。
ドリップ式の、インスタントのやつ。電気ケトルからお湯を注いでいて。
せっかく弟くんがいれてくれたものだし、ここはお姉ちゃんぶってブラックのまま、と言いたいところだけど――
さすがに寝る前に飲むものとして相応しくないということで、ミルクは多めに、砂糖も足して。
「はい、海晴姉」
「ありがとー♡」
ミルクが足されて、ちょうどいい感じに温まったマグカップの熱が冷えた、両手にじんわりと伝わって。
「んー…あったかい」
「今日のお仕事とか、どんな感じだった?」
「あ、ちょっと聞いてよ!それがね……?」
――最近は、これが、夜遅く帰ってきた時の私の楽しみ。
弟くんにコーヒーをいれてもらって、
ちょっと愚痴っぽくなっちゃうけど、二人だけで他愛もないことをおしゃべりして、
冬のこんな時期には欠かすことの出来ない、暖かい時間を過ごすこと。
それが些細な私の楽しみ。
「……あ、いけない、もうこんな時間」
「うわ、ほんとだ」
――しゃべりすぎないように気を使わなきゃいけないのが、本当に辛いけど!
「弟くん、おやすみなさい」
「海晴姉も、おやすみ」
他の家族を起こさないように、廊下で弟くんと囁き合って。
「ちゃんと暖かくして寝ないとダメだからね?」
「大丈夫、海晴姉もね!」
ね、弟くん。
暖かくなれるものはさっき十分に貰ったんだけどな。
弟くんも、そうだったら、お姉ちゃんは嬉しいな♡
手袋を取って腕時計を見ると、もうとっくに0時を回って……はいないけれど、そんな時間。
ふぅ、と、ひとつ。
気分を切り替えるため息を吐いて、私は家のドアを開ける。
「ただいま」
「あ、おかえり海晴姉さん」
リビングから弟くんの声が聞こえてくる。そのすぐ後に顔をのぞかせて、玄関にまで迎えに来てくれる。
(なんだかちょっと犬っぽくて、可愛いのよね)
「外寒かったでしょ?」
「そりゃあ、もう!」
「だよねぇ」
もうみんなとっくに寝ちゃったかな?と思っていたけれど、
弟くんだけは私の帰りをちゃあんと待っていてくれたみたいで。
そういうところも、お姉ちゃんはポイント高いと思ってますよ?
「でも海晴姉なら予報であらかじめわかってたんじゃないの?」
「分かってても寒いものは寒いの!もう……とりあえず手洗いうがいしなきゃ」
「あ、待ってみは姉」
「なあに?」
「みは姉もコーヒー飲む?」
「もちろん!」
普段はめったに飲む機会がないけれど、
弟くんのいれてくれるコーヒーが、私は好き。
もともとうちではあの苦い飲み物を飲むような子が少なくて、
もちろん、大人ぶってコーヒーを飲みたがる子は定期的には出るけれど、それはその時の一回だけで、
いっつも春風ちゃんや蛍ちゃんの淹れてくれる紅茶とか緑茶なんかをみんなで飲んだりして。
そんなお茶が私も弟くんも好きで。
だから、こうしてリビングから漂ってくるコーヒーの匂いを嗅ぐと、私は少しだけどきりとする。
(少し前までの家の中にはあんまり無かった香りだから?)
(弟くんが家に来てくれて新しく変わったことはたくさんあるけれど、これもそのひとつなのかしらね)
そんな風に思って、私はちょっとだけ微笑む。
コートとバッグを部屋に置いて、鏡を覗いてちょっと身支度を整えてから、
寒い廊下は小走りでリビングに戻ると、ちょうど弟くんは私のマグカップにコーヒーをいれてくれていた。
ドリップ式の、インスタントのやつ。電気ケトルからお湯を注いでいて。
せっかく弟くんがいれてくれたものだし、ここはお姉ちゃんぶってブラックのまま、と言いたいところだけど――
さすがに寝る前に飲むものとして相応しくないということで、ミルクは多めに、砂糖も足して。
「はい、海晴姉」
「ありがとー♡」
ミルクが足されて、ちょうどいい感じに温まったマグカップの熱が冷えた、両手にじんわりと伝わって。
「んー…あったかい」
「今日のお仕事とか、どんな感じだった?」
「あ、ちょっと聞いてよ!それがね……?」
――最近は、これが、夜遅く帰ってきた時の私の楽しみ。
弟くんにコーヒーをいれてもらって、
ちょっと愚痴っぽくなっちゃうけど、二人だけで他愛もないことをおしゃべりして、
冬のこんな時期には欠かすことの出来ない、暖かい時間を過ごすこと。
それが些細な私の楽しみ。
「……あ、いけない、もうこんな時間」
「うわ、ほんとだ」
――しゃべりすぎないように気を使わなきゃいけないのが、本当に辛いけど!
「弟くん、おやすみなさい」
「海晴姉も、おやすみ」
他の家族を起こさないように、廊下で弟くんと囁き合って。
「ちゃんと暖かくして寝ないとダメだからね?」
「大丈夫、海晴姉もね!」
ね、弟くん。
暖かくなれるものはさっき十分に貰ったんだけどな。
弟くんも、そうだったら、お姉ちゃんは嬉しいな♡
3「姉妹におけるシンメトリーとアシンメトリーの心理的効果について」
シンメトリー、対称とは心理学分野から言うと、
「静止・束縛・秩序・法則・厳密性・強制・威厳・静けさ」などのイメージを受けるそうだ。
その逆アシンメトリー、非対称では「運動・弛緩・偶然・生命・遊戯・自由」などのイメージを受ける。
これを踏まえて、「WHOLE SWEET LIFE」日記の吹雪紹介にある立ち絵を見てみよう。
吹雪は模様の無い簡素なワンピースを着ている。
一見シンメトリーに、整っているように見える。
シンメトリーから受ける印象の中に「秩序・法則」がある。
それらは吹雪が好んでいることだろう。
いつもの吹雪の日記から明らかだ。
しかし、吹雪は片足にリングを着けることによって意図的に自身のシンメトリーを破壊している。
長いリボンの形も偶然性を持つ不確定要素になるだろう。
先述したが、シンメトリーから受ける印象は「秩序・法則」
そして、アシンメトリーから受ける印象に「運動・偶然・生命」がある。
いつもの吹雪とは程遠いイメージだ。
これは意図的にアシンメトリーにすることによって、
ロボットのようだと揶揄される吹雪を人間たらしめるものになっているのではないだろうか。
少し想像して、比較をしてみて欲しい。
この立ち絵で足のリングがある吹雪と無い吹雪。
どっちがより人間っぽさを感じるだろうか?
そしてまた心理学では子供はシンメトリーを好み、大人はアシンメトリーを好む傾向がある。
子供は軸対称の絵が良いと感じるが、大人にはむしろ退屈に感じられる。
ここで、吹雪のひとつ上のお姉ちゃん、夕凪の立ち絵を見て欲しい。
夕凪の靴下は履き違えたのかと思うほど左右の模様も長さも違う。
ものの見事に非対称だ。
もう一度持ち出すが、アシンメトリーさには「運動・生命・遊戯・自由」などがある。
これは夕凪そのものだろう。
で、気分屋で思いつきで行動して、それですぐに怒られて。
とっても元気な女の子だ。
夕凪のそんな行動は子どもっぽいとも言えるだろう。
行動が大人っぽい吹雪と比べてしまえば如実だ。
しかしそれでも、夕凪は吹雪の姉でいられていると思う。
その理由の一つに、この服のアシンメトリーさが関係していると考える。
この夕凪の服のアシンメトリーさは夕凪なりのおしゃれな背伸びではないだろうか。
そしてそれが、夕凪の姉っぽさではないだろうか。
………
……
…