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地吹雪


キミは吹雪というものは知っていますよね。
――私の名前ではなく、気象の方の吹雪です。
私のことを本当に知っているのかという、そんな哲学的な問いに兄さんが答えたいならばそれはそれでも構いませんが。

それとは別に、地吹雪というのは知っているでしょうか?
単純に吹雪であれば、降雪と強風が一緒に起こったものなのですが、地吹雪の場合天候は晴れ、しかしその地域特有の突風によって一度地面に降り積もった雪が巻き上げられ、再び風に乗り、吹雪のように私たちに吹きつけるものです。
例えるなら、“下から”雪が降ってくるような物だそうで、物の本によれば、それはそれはとても恐ろしいものだということです。

兄さんは興味が有りますか?
私は少し、興味があります。
自分の名前に関連しているからというわけでは――
いえ、正直に言えば、やはり。

私は、地吹雪というものを体感してみたいです。
吹雪よりも恐ろしいなどと言われるものを、体感してみたいのです。


……
………

目の前にはいわゆる白銀の世界が広がっていました。太陽の光を反射し輝く様は、目を開けて見ていられないほどでした。
「という訳でやってきました山形県庄内地方!やっぱり東京と比べて寒いなぁ……っていうか寒っ、なにこれやばい寒い」
「…………………………」
「あれ?どうしたの吹雪、寒さで固まっちゃった?」
「その……何から聞いたらいいのか」
「何かって?」
「どうやってここまで来たのですか?」
「それを聞くのは野暮ってものだよー」
「……では、なぜここに?」
「ああ、それには答えられるよ」
兄さんは笑顔を浮かべて言い放った。
「俺たちは地吹雪を体験しに来たんだ」

「……………………」
嗚呼兄さん、私としては、たった今興味の順位が入れ替わったと言っても過言では無いのですが。
気がつけば私は冬用の外着を着ていました。厚手のタイツにズボン、肌着にシャツにセーターにコート、手には手袋、頭には毛糸の帽子。いつも私が身に付ける冬服のセットよりも若干厚手の物ばかりです。熱がこもりすぎるし動きにくいので、こういうのはあまり好きでは無いのですが。
周りをなんとか見回してみると――確かに私達は雪原の真ん中に立っていました。私の足は雪の中に深く埋もれ――これもいつ履いたのかは分かりませんが、スノーブーツを履き――遠くには群れるように市街地が見え、そこへ向かってそれなりに交通量の多い幹線道路が伸びています。どうやらここは郊外に広がる農地のようです。水田か何かでしょうか?市街地のさらに向こう側には、その肌を真っ白に化粧した山々がそびえ立ち、稜線が青空とコントラストを生み出しています。
そして――雪原に立ち尽くす私達の周囲には、足跡がひとつもありませんでした。ただのひとつもです。例えるなら、蛍姉が作って綺麗にデコレーションしたばかりのショートケーキの上にイチゴをぽんと一つ乗せたようなイメージで。傷一つ無い新雪が私達の周りに積もっているのです。
私は訝しげな顔で隣に立っている兄さんの顔を見上げると、兄さんは笑顔で私の顔を見下ろしていました。
「ま、気にすることはないよ。夢だと思えば万事解決」
「……夢、ですか」
ここが本当に山形県だとして、その手段だとか、旅費だとか、時間だとか、帰りはどうするのだとか、いつの間にこんな防寒具を着たのだとか――私の頭の中に生まれた問いの山を解決する魔法の言葉がありました。
これは夢なのだと。
不条理なことがっても仕方が無いのだと。
なので、私は思考停止することにしました。

そう決めると疑問の山は雪が溶けていくように消えていき、私の頭の中はクリアになっていきました。正しいか正しくないかは、兄さんの口から語られないことには私にはどうしようもないのですから。
「……………………そうですね、ありがとうございます兄さん」
「いやお礼なんていいんだよ、俺はただ連れてきただけなんだから」
兄さんは照れくさそうに笑っています。

「さて吹雪、ここはね、見て分かるとおり地吹雪が起こる場所なんだ。あの山を越えてきた季節風が、遮るもののない平野を勢い良く吹き抜けていくという訳で……」
その場にしゃがみ込んだ兄さんは、足元に積もった雪を掻き取って、両手でぐっとひとつに握り込みます。
「その上ここら辺の雪はそれはもうサラッサラでね、こんな風にしても……吹雪、ちょっと手を出してみて?」
「? はい…」
兄さんが両手を開くと、そこには丸い雪玉が出来ていました。兄さんはそれを私が差し出した手の上に落として――私の手の上に乗ったと思った、その瞬間には雪玉は崩れてしまいました。
私は驚きます。兄さんの言う通りに、私の思っていた以上に雪はサラサラで、手の上に残った雪を同じように握りこんでみれば、それがとてもよく理解できました。どれだけ力を込めても雪同士は固まろうとせず、むしろ握り込む力がちょっとでもズレれば簡単に崩れてしまい、まるで片栗粉のような雪が手の間からこぼれ落ちていきます。
「そんな粉みたいな雪が突風で巻き上げられて、地吹雪になるって訳。『綿雪』じゃあ『吹雪』にはなれても、『地吹雪』にはなれないって感じかな?」
兄さんはよく分からない冗談を言って笑っていましたが、私はそれよりも、この雪に釘付けになっていました。
こんな雪は私たちの住む東京では決して降ることのないものです。気象に詳しい海晴姉でも、実際には見たことはまず無いでしょう。東京の雪は――私も数られるほどしか経験していませんが――ふわりとした雪の結晶が鈍色の空からちらほらと降ってきては、何かに触れるとすぐに溶けて無くなってしまう、とても儚いものです。
知らない内に、雪とはそういうものだと私は思い込んでいました。色んな種類の雪がある事は知っていても、経験する雪がそのようなものばかりだったので、仕方が無いことだとは思うのですが。
不意に私は、この雪原に飛び込みたい衝動に駆られました。きっとこの雪ならば、コートを汚すことも濡らすことも無く、つまりそのせいで春風姉や蛍姉を困らせることもなく――雪と氷の世界を存分に味わうことが出来るのでしょう。

「そろそろかな」
「……あ、はい。そろそろとは?」
「いい?吹雪、絶対に手を離しちゃダメだよ」
兄さんは私の問いには答えずに、大きな手袋の手でいつもより強めに私の手を握り込みます。見上げた兄さんの表情は、先ほどとは打って変わってとても真剣なものに変わっていました。
「――分かりました」
私はそれを察して、兄さんの手を握り返します。そして、兄さんが真剣に見ていた方へ、視線を向けました。

最初は何も起こっていないと思いました、先ほど見回した時と何も変わらない風景がそこに広がっていると、私は思っていて。
次に、私は遠くの市街地に、白く“もや”がかかっている事に気付きました。些細な変化だと思っていたそれは徐々に勢力を拡大していきます。そしてよく見ればそれは、右から左に流れるように動いていました。
「さぁて、こっちに来るぞ」
兄さんが呟いて、私の手をより一層強く握ります。その時私は、目の前にある雪原の端が“捲れていく”所を目撃していました。捲れ上がった雪はそのまま雪原を走り、まるであの時にTVで見た津波のように、こちらに押しかけてくる様子がはっきりと見て取れます――風向きは、私から見て右奥から左手前へ吹いているようです。白いもや……地吹雪も、それに従ってこちら側へ飛んできていました。

そしてそれは、私たちを焦らすこと無く、もしくは覚悟する時間さえも与えず、私たちを襲います。
「――っ!」
私の体が吹き飛んでしまいそうな強風と、雪原にある全ての雪をかき集めてきたのではないかという量の雪が、私たちに向かって吹いてきます。防寒具のお陰であまり寒くはありませんが、肌が唯一露出している顔だけどんどんと体温を奪われていきます。私は左腕を――兄さんと手を繋いでいないの腕を、顔の前にかざして何とか目を凝らしますが、正直に言えば、冷静に観察する余裕なんてありませんでした。観察しようにも周りはとにかく雪の白以外何も見えませんし(同じように風への防御姿勢を取る兄さんの姿は見えましたが)、風の音はごうごうと煩かったですし、飛ばされないように両足でしっかりと地面に踏ん張るので忙しくて本当に何もできませんでした。
しかし、ただ地吹雪の真っ只中にいるだけでも、私はとても楽しかったのです。ジェットコースターに初めて乗る子供のように期待に胸をふくらませ、そしてスリルを体感していました。

ですが、兄さん。
ジェットコースターのスリルは安全が保証されているからこそ楽しめるスリルなのです。そして私が今体感している地吹雪も、確かに安全が保証されていました。ジェットコースターならシートベルト、今回であれば――繋いでいる兄さんの手です。

絶え間ない強風の中、さらに一際大きな突風に煽られて、私はあれだけ離さないでと言われていた兄さんの手を一瞬だけ離してしまいました。一瞬――時間にしたら、それでも5秒ほどでしょうか?
「きゃっ――」
私の声は風に掻き消されて、きっと兄さんの耳には届かなかったことでしょう。何故なら私も兄さんの声を聞かなかったのですから。一際大きな突風はそれに見合っただけの雪を運んで、更に視界を悪くします。隣にいる兄さんの姿さえ霞んで消えてしまうほどに。手を伸ばせば届く距離にいる筈なのに、私はその一瞬だけは、白い世界に一人だけ取り残されたのでした。
「兄さん――」
私は兄さんのいる方向へ一歩踏み出そうとして――雪の足場にバランスを崩し、その場にしゃがみ込んでしまいます。それでも手だけは兄さんの方へ伸ばしていて――

――兄さんも悪いのですよ?
最初の時に、私にもっと説明をしておいてくれたなら――ここにどういう風に来て、どういう風に帰るのかをちゃんと教えてくれていたならば、私も心細くなることは無かったかもしれないのですから。
――そうです。私はその一瞬、どうしようもなく心細くなったのです。
そうではないと分かっていても、兄さんに置いていかれたかのような気持ちが私を襲い、地吹雪はその心の隙間に氷をするりと滑りこませます。私の体の熱はすっと一度に奪われて凍りつき、喉がつかえたかのように息が出来なくなってしまいます。
そして私はその時初めて、雪に、冬に、寒さに――恐怖を、感じました。
私の友達だと思っていた者たちから、恐怖を。

「びっくりしたー……大丈夫だった?」
「……はい」
そう思ったところまでで5秒。
その次の瞬間には、私が伸ばした腕を兄さんはしっかりと掴まえていました。兄さんはもう絶対に離すまいと、私の体を側に引き寄せて肩に手を置きます。
「ごめん吹雪、怖くなかった?」
「大丈夫、です」
平静を装いながら、喉の奥から搾り出した声で私は答えます。こんな事は絶対に兄さんには悟られてはならないと、私は思いました。それに忙しくて、後のことをよく覚えていないのがまた情けないのですが。


「すっかり体も冷えたことだし、家に帰ろっか」
「はい…でも、どうやって――」
「ん?簡単だよ」
兄さんは私の前にしゃがみ込んで言います。
「夢から覚める時は、昔からこうするものさ。一発だよ」
私のほっぺたをつまんだ兄さんは笑って――
「はは、吹雪のほっぺはぷにぷにだね」
「ま、まっへくら――」
「えいっ」



飛び起きるとそこは私のベッドの上でした。
私は寝相がいいと褒められることが多いのですが、今朝の私の掛け布団は、いつもの夕凪姉の布団のように足元まで蹴り退かされているようで。
「……はぁ」
全ては兄さんの言うとおりに夢だったようです。これは悪夢の部類に入るのでしょうか――?ため息と一緒に、体の疲れがどっと溢れでてくるような気がして、私はもう一度ベッドの上に寝転がります。
夢は記憶の再配置です。一度経験した何かを組み立てて、私はあの夢を創りだしたということでしょうか?ですが私は、あんな風雪や、痛みを経験した記憶はなく――
私は左の頬をさすります。兄さんに夢の中でつねられた頬は少し熱が残っているような気がしました。
そしてまた、私の頭は答えのない疑問を解決するためにぐるぐると回り始めます――二度寝をすれば夢の続きが見られると聞いたことがありますが、私の頭はもうすっかり冴えてしまっていました。続きを見ることは出来るのでしょうか?
もし見れるのなら――次は樹氷が見たいです、兄さん。
あれで懲りる私ではありませんので。

(おわり)

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直径110cmの円の中で

勢いよく雨が降り始めたと思ったら止み、
止んだと思ったらまた同じ雨が降り始める。
私の記憶が確かなら、ここ一週間はずっとそんな天気が続いていた。
落ち着いて洗濯物も干せやしないと、蛍はたまっていく布の山を見てぼやいていた。
素直に室内干ししたらいいと思うのだが、中途半端に太陽が出ていると、どうにかしてその太陽の下に洗濯物が干したくなるらしい。太陽の光でふかふかの良い匂いになる洗濯物を、室内に干してしまうのは悔しいと蛍は言っていた。

いつものように空想に耽る時に空を眺めると、黒い雲、白い雲、そしてその切れ間の陽光が、映像を早送りをしているかのように交互に現れ、そして流れていく。
まあ、天気が分かりやすいという、その点だけはありがたいだろう。
この空がだんだんと黒い雲で覆われ、光を失い始めたら、その後にはほぼ間違いなく雨が降る。叩きつけるような大粒の荒々しい雨だ。
しかしその雨も少し雨宿りが出来る、屋根のある場所を見つけたなら恐れる事はなかった。そこで少し時間を潰している間に、その雨は簡単に止んでしまう。
あとはまた、その雨に捕まる前に目的地に急ぐなり、家に急いで帰るなり。
時を見計らえば、濡れずに行って帰ってくることも可能だった。

例えるなら…まあ、子供のような雨だろう。
気まぐれで、駄々をこねるように泣き出し、雨を降らせたかと思えば、輝く笑顔の蒼天をすぐに覗かせる。
つまり、子供だから仕方がないかと思える程度の災害なのだ、これは。

そして私、霙は、その子供に捕まっていた。
学校帰りの通学路、その途中。ああ空が暗くなり始めたかと思った途端にすとんと雨が降り始め――あわてて雨宿りを出来そうな場所を探すも、今回は運悪く、道沿いにあったとある建物の、申し訳程度に飛び出している庇に体をねじ込むことしか出来なかったという訳だ。
一粒でブラウスを貫通し、肌までを濡らす雨。それがいくつもいくつも、数え切れない量があの黒い雲から私をめがけて落ちてくる。

まったく、こんな事になるなら春風の言うことを聞いておくべきだったかと、私は雨に向かってため息を付く。
私は今朝のことを思い出す。玄関から出ようとする私を引き止めて、春風が言う。「海晴お姉ちゃんが今日も雨に注意してくださいって言ってましたよ?霙ちゃん、ほら、傘を持って行かないと――」
すぐ目の前には雨の壁――遠くが見えなくなるほどの雨の壁だ。これで少しでも雨が吹き込んできたなら、ここは一歩踏み出したその先と、雨に濡れる具合は全く変わらないだろう。
しかし――春風もピンク色の傘なんて出してくるんだぞ?ピンク色だ。あんな恥ずかしいものを私が差すなんて状況は、終末にもあってはならないと思う。
だから私も意固地になって、春風の差し出す傘を無視して家を出てしまった――こんなことになるならアイツの傘でも無理に借りておけばよかった。
黒色のシンプルな、他の皆が持つものよりも一回りも大きな傘。あれはいい、一回り大きいから雨に濡れにくいし、それに黒って色がいいじゃないか。それはすべてを飲み込む終末の色だ――

「――さん、霙姉さん!」
「ん?」
そんな事を考えていたら、私の目の前には弟が立っていた。
思いを馳せていた黒い傘の下には呆れたような表情が覗いている。
「傘、入ってく?」
「ああ……そうだな、頼む」
――いくら傘が大きいといっても、さすがに二人ともその恩恵に受けるには、それは若干小さく、傘の下は私たちの格好はとても窮屈なものになっていた。まあ…肩を濡らすのはオマエに任せよう。それが弟の勤めというものだろう?私は歩きながら、弟へとそっと体を預けるように寄せて――つまり傘の中心を陣取る。意図を察した賢い私の弟は、軽くため息をつきながらも、傘を握る右手を意地悪く動かしたりせずにそのまま私の側に置いておいてくれた。

「何か考え事してたの?」
弟が唐突にそんなことを言いだした。
「何かって、さっきか?」
「うん」
「ふむ、何だったか……」
水たまりを避けながら、ちょっと目を離した隙にどこかに行ってしまった記憶を手繰る。
「……ああ、オマエの傘のことを考えてたんだ」
「俺の傘?ってこれ?」
「ああ、そうだ」
弟は自分の持つ傘をゆく分からないといった顔で見上げていた。そして私はそんな弟の顔を見上げている。その時私は、何かの違和感をそこに感じた。今までに経験の無い――そして不思議と小気味の良い違和感だった。
私の足が止まる。よそ見をしていた弟は私の体にぶつかって、私を跳ね飛ばしそうになる。傘の表面に付いていた雨が衝撃でわっと傘を離れ、地面へと落ちて音を立てていった。跳ね返る水が足を濡らす――しかし私はそんな事よりも、今はこの違和感について考えるのに忙しかった。
「霙姉さん?」
弟は心配そうにこっちを見ている。私は再び弟の、オマエの顔を見て――そして私はその違和感に気付いた。とても単純な、その原因に。

私は家族の中では一番背が大きかった。海晴とはほぼ同じだけど――少しだけ私のほうが大きい。そして、我が家にはまだ小さい子供達が多く、足元にまとわりつく妹たちなんかを見ていると、そんな事実を自覚するような事が多かった。見下ろすことはあっても――見上げるなんてことは、私がこうして立っている限りほとんど無かった。
しかし今私は、オマエの顔を見上げている。見上げている。オマエの顔を――

「――フフ」
それに気付いて――本当に今さら気付いて、私の口から軽く笑い声が漏れる。
「……ん?何?何がおかしいの?」
「いや、なんでも……フフ、なんでもない」
「何か気になるじゃん、そういうの」
「オマエには――そうだな、一生分からないんじゃないか?」
「えっ、なんで?なにが!?」
「それは自分で考えろ」
「考えろって、今俺には分からないって言ったじゃん!?」
「ああもううるさいな、耳の近くでそんな大声を出すんじゃない」


気がつくと雨は止んでいた、ずいぶんと周りが静かになっている。しかし弟は私を追求するのに忙しいようで、そんなことには気付かず今も馬鹿みたいに傘を差したまま、地面には傘と私たちの影ができている。伸びる影はやはり、私のほうが少し短い。
さて、雨も降っていないのに一つの傘に仲良さそうに入っている男女は、人の目にはどう映るのだろうか?まあ……それは終末の前では些細な問題、些細すぎて問題にする必要もないくらいだ。それに、これも悪くはない。オマエとこうして肩を並べて歩くなんて機会もそうそう無かったから、私もきっとこれに気付かなかったんだ。ならば終末が訪れる前に、次があるとも分からないこの機会をもう少しだけ楽しんでも悪くはないだろう?
私は弟の顔と、ダークマター色の傘を見上げながら、そう思う。

しかし、まあそうだな――
しつこい男は嫌われるぞ?
だが、私はオマエのことを許してやろう。
私はお前の「姉」なんだから。

(おわり)

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胡蝶の夢

ある朝吹雪は目覚めると、猫になっていた。


昨日の夜寝る時は確かに人間だった…それは間違い無い、と吹雪は自分のことを思い出す。
昨日の夜はいつものように薄いタオルケットの布団の中に入って、その中で自分の好みの寝相になるように軽く体を動かすと、それに満足してすぐに心地よい眠りに落ちたのも覚えている。
その時は確かに人間の腕に、人間の足に、人間の体だった――

吹雪は自分の手の平を見る。
そこには小ぶりでピンク色の、可愛らしい肉球があった。手の甲から腕にかけては柔らかそうなショートヘアの毛皮で覆われている。
毛の色は単色で髪の色と一緒だった。きゅっと手に力を込めてみると、鋭利な爪が肉の間から出てくる――爪だ、爪があるということは、一概には言えないだろうが吹雪のこの体が犬じゃなくて猫という証なのだろう。
獣の手や腕は人間のそれと違ってとても自由度が低かった、しかしその代わりに、そこには人間のものとは違うしなやかでスマートな筋肉が付いていた。
手ではなく、前脚。
それは地を駆け、高く跳ねる。流線型にしなる脚だ。
もっともそんな風に使う機会は私には来ないだろうと吹雪は考えながら、その四脚でベッドの上に立ってみる。頭の重さを背骨で支えるのではなく、首の力で支える立ち方。

ふぅ、と吹雪はひとつため息を漏らす。
確かに私は猫になっているようです――
人間だった頃の大きさは関係ないとでも言うように、すっかりと仔猫の大きさにまで縮んでいる。
子供用のベッドだったものが、今はまるでキングサイズのベッドに寝転んでいるかのようだ。
まあ苦手な虫にならなかっただけマシかもしれません、これはこれで悪くはありませんが――
吹雪は尻尾をくねらせながら、ともかく人間に戻る方法を考える。
猫には猫なりのメリットというものがあるのでしょうが、この体では満足に本を読むことさえできないのだから。

それに猫の姿というのがまずい――
我が家において、猫の姿は非常にまずい。
妹たちに見つかれば、可愛がるという名目でもみくちゃにされ
夕凪姉に見つかれば、マホウ調査という名目でもみくちゃにされてしまいます。
爪さえ立てることを許されずに、ただされるがまま――

幸い夕凪はこんな事になっているとは露とも知らず、まだ寝ているようで、
吹雪は音を立てずにベッドから飛び降りると、足音を立てずにドアに向かい、ドアを開けて――
届きません。

ああ――そうでした、私は今猫なのでした。
ドアノブの高さは床から100cmほど上にあり、仔猫の身長(正確には体高ですが)では到底届く高さではありません
人間の形態とサイズにフォーマットされたこの家では、ドア一つでさえも自由に行き来がすることができないようで、私の中で高まるやはり人間に戻りたいという気持ちを再確認します。
飛びついてドアノブを回そうにも、丸い形のこのドアノブではうまく回すことが出来ないでしょう。

「どうしたの吹雪ちゃん?」
どうしたものかと思案していたところで、私の三角形の耳が声を受けてぴくりと動きます。
振り返るとそこには、栗毛の雄々しい馬に跨った星花姉がいました。
黒檀のような艶やかで長い髭を風になびかせた星花姉はまさに関羽の扮装で、しかし不思議そうな表情でこちらを見ています。
「ドアが開かないの?」
はい、すいません星花姉、このドアを開けていただけませんか?
「こころえた!」
星花姉は勇ましくそう答えると、携えていた矛を風切らせドアノブを正確に穿ち、ドアを押し開けてくれました。
「えへん!」
流石です星花姉、ありがとうございます。――ところで騎乗をしているということは、どこかへ出かけるのですか?
「うん、これから黄巾党を討伐しに行かなきゃいけなくて……」
まるで宿題でも残ってたかのような口調ですが、星花姉の表情はとても嬉しそうで、その瞳は闘志に燃えていました。
良かったですね星花姉、星花姉の輝ける世界はここにあったようです。
「お姉ちゃんにはお昼ごはんまでに帰るって言っておいてください!」
そう星花姉は言い残して、パンダの牙門旗を揚々と掲げると、裏山の方向へ颯爽と駆けて行ってしまいました。蹄の音が遠ざかって行きます。
星花姉、ご武運を。


さて、ドアの隙間からするりと廊下に出てみると、どこからか人の話す声が聞こえてきました。
それはどうやら階下からで、声は綿雪のもののようでした。
柵の隙間から階下を覗き込んでみると、そこでは丁度、綿雪の絵本読み聞かせが行われていました。
絵本を持った綿雪の前には、マリーと、観月と、さくらと、虹子と、青空がいます。
「――それでは頼もしい仲間も集まったので、鬼ヶ島へ鬼退治に行きましょう!」
ふむ、どうやら読んでいるのは桃太郎のようですね。
「桃太郎たちは船に乗り込むと、海を渡って鬼ヶ島へ向かいました――」
綿雪がページを捲りその一文を読み上げると、まるで潮が満ちていく様に一階に水が溢れ出てきたかと思うと、瞬く間にそこは海原へと変わってしまいました。
ソファー、テーブル、テレビ……あらゆるものが水の中に沈んでしまっている中で、一艘の船だけが水面にぷかりと浮かんでいました。
綿雪達の乗った、桃太郎の船です。
桃太郎姿のマリーはなんだかつまらなそうな顔で海を眺めていました。
「マリーは王女なんだから、こんなヤバンな役なんてやりたくないんだけど……」
なら変わられては……
「マリーは主役なの!サルとかイヌとかイヤよ!」
はあ、そうですか…そんなサルやイヌは、青空と観月がそれぞれ演じていました。
「ききー!そら、おさるさんじょうずでしょ?」
「ワンワン!わらわは犬なのじゃ――コンッ!」
……何やら観月の頭の上に、見たことのない水色の毛玉のようなものが見えるのですが、あれについては触れないほうが良さそうだと、猫の直感がそう私に告げます。
残りのキジの役は虹子です。
「えっと……キジさんってどうおはなしするんだっけ?ピヨピヨ?」
ケーンって鳴くんですよ。
「そうなの?じゃあ、ケーン!ケーンv」
そしてさくらは、一心不乱にきびだんごを頬張っていました。
「きびだんごおいしいの…」
まあ、さくらが幸せならそれで良いのですが。
ちなみにそれは、ひとつ食べるたびに百人力だそうですよ。

船の上はまさにケンケンガクガク。
ですが綿雪だけはそんな皆の様子を見て、ニコニコと微笑んでいました。
そしてまた綿雪は絵本のページをめくると、船は水面を滑るように進み始めました。
「鬼ヶ島には氷柱お姉ちゃんによく似た青鬼が――」

と、そこで、人間の数十万倍の嗅覚を持つ私の猫の鼻が、とある匂いをキャッチしました。
それはこの女性ばかりの甘い匂いのする我が家において、とても特徴的な相反する匂いでした。
そう、兄さんの匂いです。
私は綿雪の話に聞き入ってしまっていた事に気付き、あわててその場を離れます。
あのまま眺めていたら、きっといつかは妹たちに見つかって、もみくちゃにされてしまうところだったでしょう。
本来の目的を思い出した私は、兄さんの匂いを辿っていくことにしました。

そして当然のごとく、私は兄の部屋にたどり着きます。
ドアは少し開いていて――どうやらここから兄さんの部屋の匂いが漏れていたようで――部屋の中に入れそうです。
その隙間から部屋の中に滑りこんでみると、部屋の中は薄暗く、しかし強化された私の猫の目はすべてを見通す事が出来ました。
私のとっては数えられるほどしか入ったことのない兄さんの部屋。
しかし私はそれをとても良く記憶していました。
そして、今私がいるこの部屋は、私の記憶の中の兄さんの部屋と寸分違わぬものでした。
シンプル&シック――私達が兄さんに贈ったプレゼントが大切そうに飾られている所以外は、とても落ち着いた雰囲気の部屋です。
男性の、兄さんの部屋と言うよりは、そこは私の好きな調度でまとめられているという点では、私の部屋とも言えます。

兄さんはベッドの上で眠っていました。同じように眠りに付いている時計の文字盤を見ると、5:48を指していました。
それなりな早朝でした、兄さんが寝ているもの無理は無いようです。
私ももう猫の体の使い方にも慣れてきて、ベッドくらいの高さであれば楽に飛び乗ることが出来ました。
狙いを定めて、空中に躍動した私は、数瞬後には足の裏に柔らかい掛け布団の感触を掴んでいました。
そして、目の前には兄さんの寝顔があります。女性のそれとは違う作りをしている兄さんの顔。

しかし、兄さんに助けていただくにしても――こんな時間では起こしてしまうのは忍びないですね。
もう一度よく時計を見てみると5:52を示しているものとは別の短い針が、文字盤の7をぴたりと指しています。
あと1時間ほどで目覚ましが鳴るようで、それまで待つほうが良いかもしれません。

そして――
そして私は何の気なしに、右の前足で兄さんの顔に触れました。
特に意図したわけではありません。むしろ考えていたなら兄さんの肌には触れられなかったでしょう。
なぜなら、私の苦手とするそれ――熱が、兄さんの肌から私に伝わってきてしまうからです。
本来であれば、チリッと軽い火傷にも似た感覚が私の肌に生まれるはずでした。
しかし、今は――
今私が感じているこれは――

繰り返しますが、元来私は熱というものが苦手でした。
涼しいもの、冷たいものを好んでいました。
冬が好きで、夏が嫌いで。しかし夏に食べるかき氷が好きでした。
そして、人肌の熱――兄さんの平熱は36.4℃と伺っています――は、私にとって熱すぎるものでした。
それは触れたくても触れられない、イカロスにとっての太陽のようなものでした。

しかし私はこうして、今まさに兄さんの肌に触れています。
驚くべきことでした。
それはとても心地の良い、人肌の熱でした。
兄さんの肌は、兄さんから伝わってくる熱は、私にとって――筆舌に尽くしがたく、とても、とても心地の良いものでした。
冷たさとはまた違っている感じで、何と言えばいいのでしょうか――
満たされる。
そんな感じでした。

兄さんが起きるまであと一時間ほど、それならば――ベッドの上、兄さんの傍らで私は体を丸めます。
それは今の私の落ち着く寝相でした。
兄さんの匂いと熱をすぐ側に感じながら、満たされる胸の内にたゆたいながら、急速に遠のいて行く意識の中で、私はこんな事を考えていました。
なぜ、兄さんの肌に触れられるのか――
人間の平熱は36℃ほど、対する猫の平熱はたしか38℃ほどだったと思います。
猫の平熱は人間のそれより2℃ほど高いのです。
そして、私の平熱――低体温である35.3℃が、体が猫になったことによって2℃ほど底上げされて37℃に、今まで自分より高かった人間の熱が下になり、それを耐えられるようになったのではないかと――
これは単なる推測です。
ですが、これなら――このまま猫の体のままでも良いかもしれないと、その時の私は思ったのです。


そして吹雪が目を覚ますと、その体は人間に戻っていた。他の誰でもなく、吹雪自身の体。
毛皮のない白く透き通るような肌と、そして手の平。
すべてが元通り。
きっと星花にも髭は生えていないし、一階は水浸しにもなっていないし、氷柱は鬼のままかもしれないが――
ただひとつ違う所は、吹雪の目覚めた所が兄の部屋だったというところだけだ。

「あ、よかった起きた! 吹雪おはよう」
「…………おはようございます」
兄は吹雪の顔をを心配そうにのぞき込んでいた。
「びっくりしたよ、起きたら横に吹雪が寝てて――体、なんともない?」
「……大丈夫です、心配をおかけしました」
「ところで、なんでまた俺の布団にいたの?」
「……猫」
「えっ?」
「いえ、なんでもありません。きっと寝ぼけていたのでしょう」
吹雪は目を覚ます様に頭を振る。夢に違いない。
思い返せばありえない事だらけで、メタモルフォーゼ、変身? そんな非科学的な事はあるはずがないのだ。吹雪はすべてを否定する。
しかし、しかし――
吹雪は鮮明に覚えていた。吹雪が今まで一度も味わったことのないはずのあの熱の感覚を。胸の中を満たした心地の良さを。
夢は脳が記憶したものを整理している時に見る、ザッピングされたシアターにしか過ぎないのだ。
ならば、あの感覚は――
そして吹雪は手を伸ばし、兄の手を取る。
チリッとした、熱を拒絶する感覚――
そこに気持ちの良さは無い。この感覚までも、すべてが、すべてが元通りだった。

吹雪は手を放して、兄の顔を見ながら言った。
「兄さん」
「うん?」
「ありがとうございました」
「…? 何が?」
確かに兄は吹雪を人間に戻してくれた。その感謝の言葉を吹雪は言った。
しかし兄から見た吹雪の顔は、声は、

その表情は――。



(おわり)

拍手

柔らかいタオル

「へんなのー」

家の庭で遊んでいた下から二番目の妹の青空は、自分の名前と一緒の名前の青空を見上げながら不思議そうな声をあげていた。

「おひさまぴかぴかしてるのに、あめこんしてる!」

それは青空の初めて知る天気だった。
自分の知らなかったことを見付ける喜びに溢れる歓声を上げた青空は、そのままばんざいと手のひらを太陽に透かしてみる。
見上げた先には秋晴れの空が広がっている。
太陽はまだ空高くで輝いていて、青空の手を赤く透けさせる光を放っている。
なのに、今も青空の手に、顔に、ぱらぱらと雨粒がぶつかっていた。
雨が降っているのだ。
とても静かな雨が降っていた。

雲から雨が落ちてくる。
詳しい概念など小さい青空は全く知ったことではないけれど、雲と雨のその関係くらいは体験で知っていた。
雨が降る時はいつも雲と一緒。
そう思っていたのに――この不思議な天気が何だろう?
青空の好奇心は強く強く刺激されたけれど――

「そらちゃん、ぬれちゃうからあっちいこ?」

そんな青空の手をさくらが掴んで家の方へと引っ張った。
今も雨に濡れ続ける青空を心配したさくらの行動だ。
気がつくと、青空の服も髪も雨に打たれ、びしょにしょではないけれど水気を含んでしっとりと濡れている。
このままではお姉ちゃんたちに怒られちゃう!と思った青空は、さくらと一緒に急いで家の縁側まで逃げ込んだのだ。


「お姉ちゃん、お外の天気が変なの!」
「どうしたの?」
窓を開けて家の中に飛び込んだ二人は、ちょうどそこにいた蛍に、興奮気味に外の様子を報告する。
「お日様が出てるのに、雨が降ってるの」
「え、ほんと!?」
それを聞いた蛍は、慌てた様子で窓際まで駆け寄ると外を覗き込む。
そこでようやく何が起こってるか理解したようだった。
「きゃー大変!洗濯物取り込まなきゃ!」
さくら達と入れ違いに蛍が庭へ飛び出して、そこに干してある洗濯物を手当たり次第に掴んでは抱え、家の中へと放り込む。二人の隣には洗濯物の山が築かれていく。


「ほれ、ふたりとも。これで体を拭くのじゃ」
ぽかんと外の様子を眺めていた二人へ、ふかふかのタオルが差し出される。
さくらが振り返ると、そこには観月と小雨が立っていた。観月が二人分のタオルを抱えている。
「ありがとう観月ちゃん」
さくらはタオルを受け取ると、ぺたんと床に座って帽子を膝の上に置き、タオルを頭から被る。
隣では同じように頭からタオルをかぶってうろうろとしていた青空が小雨に捕まっていた。
びっくりしたような、楽しそうな青空の声がタオルの下から聞こえてくる。

さくらがタオルから顔を出したときには、観月は空を見上げていた。まだ雨は降り続いている。
「ふしぎなの、みづきちゃん。晴れなのに雨なの」
観月はふむ――とさくらの方を見ずにそのまま話を続ける。
「これはの、さくら、天気雨というのじゃ」
「てんきあめ?」
うむ、と観月は頷く。
「晴れているのに、天気がいいのに雨が降る。ちょうど今みたいな天気じゃな、このことを天気雨というのじゃ」
「ふうん――」
さくらは窓の内側から外を見る。天気がいいのに降っている雨というのはやっぱり不思議に見えた。
雨の粒が落ちる時に太陽の光で一瞬だけ輝いて、庭には輝く光の筋が何本も見えた。蛍はその隙間をかいくぐるように、未だ洗濯物と格闘している。残りはあと僅かだ。
「――それにの、さくら」観月はささやくように言う。「この天気にはある秘密があるのじゃ」
「どんなの?」
さくらは体を拭く手を一旦止めて、観月の方を向いた。観月は相変わらず空を見上げている。
「天気雨が降る時は、狐が婚礼……結婚式をする“しるし”と言われてるのじゃ」
「結婚式? わあ、すてき――」
観月は婚礼の儀と言いかけ一瞬口をつぐみ、さくらが分かるように結婚式と言い直した。
実際それは功を奏したようで、さくらは結婚式に思いを馳せた声色になった。
「じゃあ、ねこさんの結婚式にはどんな雨が降るの?」
観月はそんなそくらの答えに苦笑して、
「天気雨が降るのは狐の結婚式の時だけじゃ。だから、天気雨のその別名を――」
空を見ていた顔を、ようやくさくらの方に向けると、
「狐の嫁入りというのじゃ」
そう教えてあげた。

さくらは観月の顔を見て驚く。
何故なら、観月が――観月の瞳から、一筋の涙が流れていたからだった。

「みづきお姉ちゃん、ないてる……?」
「……ああ、これは――きっとさくらか青空の雨雫が顔に当たっただけじゃ」
観月はそう言って、服の袂で目元を拭う。
「ほら、泣いていなじゃろう?」
笑いかける観月の顔は、もうちっとも淋しそうには見えなかった。

でもさくらは、観月のその言葉が嘘だと思った。
結婚式はとっても楽しいものだってさくらでも知っている。
でも、そんなとても楽しいはずの、結婚式の話をしていたのに――
さくらの方を振り向いた観月は、なんだか、さくらがはっと息を飲んでしまうほどに、
とてもとても、淋しそうに見えたからだった。

でもさくらにはそれ以上何も言えなかった。
――何を言ったらいいのか分からなかった。

「みづきちゃん!お外がダメならお部屋で遊ぶの!」
でも何かをしないといけないと思ったさくらは、とにかく行動することにした。
それが合っている事かどうかはわからないけど、自分の中の気持ちを信じて動いてしまう。
それはさくらの中に密かにある、頑固な所だったけれど――
自分でもびっくりするくらいに大きな声を上げて、ぐいぐいと観月の服を引っ張って。
「わ、待つのじゃさくら!」
観月は引きずられるように部屋を後にする。さくらのどこからそんな力が出ているのか、観月にとっては天気雨よりもそっちの方が不思議だった。
でも、そんな事を言いながらも観月の顔は微笑んでいた、さくらの優しさにこっそり感謝するように。
「そらもいく!」
二人の後に続いて、青空も駆けてついていった。

あとに残るのはタオルが2つとさくらの帽子と、そして小雨。
小雨は最初はさくらの大声と行動にびっくりしていたけれど、今は落ち着いて散らかってるものを片付け始めていた。

ふと外を見ると天気雨が止んでいた。
その空には裏山に架かる、大きな虹が出ていた。

蛍はそれを見ながら、やれやれと洗濯物をまた干し始める。
小雨はそれを手伝うために、サンダルを履いて庭に出ることにした。
そんなサンダルの中には雨水が入り込んでいて、ひんやりと、
小雨の靴下をちょっとだけ濡らしたのだった。


(終わり)

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