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つりがね草

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直径110cmの円の中で

勢いよく雨が降り始めたと思ったら止み、
止んだと思ったらまた同じ雨が降り始める。
私の記憶が確かなら、ここ一週間はずっとそんな天気が続いていた。
落ち着いて洗濯物も干せやしないと、蛍はたまっていく布の山を見てぼやいていた。
素直に室内干ししたらいいと思うのだが、中途半端に太陽が出ていると、どうにかしてその太陽の下に洗濯物が干したくなるらしい。太陽の光でふかふかの良い匂いになる洗濯物を、室内に干してしまうのは悔しいと蛍は言っていた。

いつものように空想に耽る時に空を眺めると、黒い雲、白い雲、そしてその切れ間の陽光が、映像を早送りをしているかのように交互に現れ、そして流れていく。
まあ、天気が分かりやすいという、その点だけはありがたいだろう。
この空がだんだんと黒い雲で覆われ、光を失い始めたら、その後にはほぼ間違いなく雨が降る。叩きつけるような大粒の荒々しい雨だ。
しかしその雨も少し雨宿りが出来る、屋根のある場所を見つけたなら恐れる事はなかった。そこで少し時間を潰している間に、その雨は簡単に止んでしまう。
あとはまた、その雨に捕まる前に目的地に急ぐなり、家に急いで帰るなり。
時を見計らえば、濡れずに行って帰ってくることも可能だった。

例えるなら…まあ、子供のような雨だろう。
気まぐれで、駄々をこねるように泣き出し、雨を降らせたかと思えば、輝く笑顔の蒼天をすぐに覗かせる。
つまり、子供だから仕方がないかと思える程度の災害なのだ、これは。

そして私、霙は、その子供に捕まっていた。
学校帰りの通学路、その途中。ああ空が暗くなり始めたかと思った途端にすとんと雨が降り始め――あわてて雨宿りを出来そうな場所を探すも、今回は運悪く、道沿いにあったとある建物の、申し訳程度に飛び出している庇に体をねじ込むことしか出来なかったという訳だ。
一粒でブラウスを貫通し、肌までを濡らす雨。それがいくつもいくつも、数え切れない量があの黒い雲から私をめがけて落ちてくる。

まったく、こんな事になるなら春風の言うことを聞いておくべきだったかと、私は雨に向かってため息を付く。
私は今朝のことを思い出す。玄関から出ようとする私を引き止めて、春風が言う。「海晴お姉ちゃんが今日も雨に注意してくださいって言ってましたよ?霙ちゃん、ほら、傘を持って行かないと――」
すぐ目の前には雨の壁――遠くが見えなくなるほどの雨の壁だ。これで少しでも雨が吹き込んできたなら、ここは一歩踏み出したその先と、雨に濡れる具合は全く変わらないだろう。
しかし――春風もピンク色の傘なんて出してくるんだぞ?ピンク色だ。あんな恥ずかしいものを私が差すなんて状況は、終末にもあってはならないと思う。
だから私も意固地になって、春風の差し出す傘を無視して家を出てしまった――こんなことになるならアイツの傘でも無理に借りておけばよかった。
黒色のシンプルな、他の皆が持つものよりも一回りも大きな傘。あれはいい、一回り大きいから雨に濡れにくいし、それに黒って色がいいじゃないか。それはすべてを飲み込む終末の色だ――

「――さん、霙姉さん!」
「ん?」
そんな事を考えていたら、私の目の前には弟が立っていた。
思いを馳せていた黒い傘の下には呆れたような表情が覗いている。
「傘、入ってく?」
「ああ……そうだな、頼む」
――いくら傘が大きいといっても、さすがに二人ともその恩恵に受けるには、それは若干小さく、傘の下は私たちの格好はとても窮屈なものになっていた。まあ…肩を濡らすのはオマエに任せよう。それが弟の勤めというものだろう?私は歩きながら、弟へとそっと体を預けるように寄せて――つまり傘の中心を陣取る。意図を察した賢い私の弟は、軽くため息をつきながらも、傘を握る右手を意地悪く動かしたりせずにそのまま私の側に置いておいてくれた。

「何か考え事してたの?」
弟が唐突にそんなことを言いだした。
「何かって、さっきか?」
「うん」
「ふむ、何だったか……」
水たまりを避けながら、ちょっと目を離した隙にどこかに行ってしまった記憶を手繰る。
「……ああ、オマエの傘のことを考えてたんだ」
「俺の傘?ってこれ?」
「ああ、そうだ」
弟は自分の持つ傘をゆく分からないといった顔で見上げていた。そして私はそんな弟の顔を見上げている。その時私は、何かの違和感をそこに感じた。今までに経験の無い――そして不思議と小気味の良い違和感だった。
私の足が止まる。よそ見をしていた弟は私の体にぶつかって、私を跳ね飛ばしそうになる。傘の表面に付いていた雨が衝撃でわっと傘を離れ、地面へと落ちて音を立てていった。跳ね返る水が足を濡らす――しかし私はそんな事よりも、今はこの違和感について考えるのに忙しかった。
「霙姉さん?」
弟は心配そうにこっちを見ている。私は再び弟の、オマエの顔を見て――そして私はその違和感に気付いた。とても単純な、その原因に。

私は家族の中では一番背が大きかった。海晴とはほぼ同じだけど――少しだけ私のほうが大きい。そして、我が家にはまだ小さい子供達が多く、足元にまとわりつく妹たちなんかを見ていると、そんな事実を自覚するような事が多かった。見下ろすことはあっても――見上げるなんてことは、私がこうして立っている限りほとんど無かった。
しかし今私は、オマエの顔を見上げている。見上げている。オマエの顔を――

「――フフ」
それに気付いて――本当に今さら気付いて、私の口から軽く笑い声が漏れる。
「……ん?何?何がおかしいの?」
「いや、なんでも……フフ、なんでもない」
「何か気になるじゃん、そういうの」
「オマエには――そうだな、一生分からないんじゃないか?」
「えっ、なんで?なにが!?」
「それは自分で考えろ」
「考えろって、今俺には分からないって言ったじゃん!?」
「ああもううるさいな、耳の近くでそんな大声を出すんじゃない」


気がつくと雨は止んでいた、ずいぶんと周りが静かになっている。しかし弟は私を追求するのに忙しいようで、そんなことには気付かず今も馬鹿みたいに傘を差したまま、地面には傘と私たちの影ができている。伸びる影はやはり、私のほうが少し短い。
さて、雨も降っていないのに一つの傘に仲良さそうに入っている男女は、人の目にはどう映るのだろうか?まあ……それは終末の前では些細な問題、些細すぎて問題にする必要もないくらいだ。それに、これも悪くはない。オマエとこうして肩を並べて歩くなんて機会もそうそう無かったから、私もきっとこれに気付かなかったんだ。ならば終末が訪れる前に、次があるとも分からないこの機会をもう少しだけ楽しんでも悪くはないだろう?
私は弟の顔と、ダークマター色の傘を見上げながら、そう思う。

しかし、まあそうだな――
しつこい男は嫌われるぞ?
だが、私はオマエのことを許してやろう。
私はお前の「姉」なんだから。

(おわり)

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