つりがね草
- SS置き場です。 9割方BabyPrincessの二次創作になります。
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君にだけ聞こえる声で
「これを……星花にですか?」
「うん、星花のために選んだんだ」
陽太郎は笑顔でそう言いながら、星花へと、とある包みを差し出していました。
その包みはプレゼントの包みで、陽太郎でも両手で持つほどに大きなものでした。
そんなプレゼントに負けず劣らず大きく目を見開いた星花は、びっくりしてしまって、
まるで信じられないといったような声が、口から漏れてきます。
「え、あの……お兄ちゃん! あ、ありがとうございます!」
我に帰った星花は抱きつくようにそのプレゼントを受け取ると、慌てたようにお礼を言って――
『誕生日おめでとう!』
星花はそのお返しに、陽太郎と、家族みんなから、お祝いの言葉を貰いました。
これは、星花の誕生日の、とある一幕。
「ね、ね!星花ちゃん何貰ったの?早く開けてみようよ!」
「こら、タイミングってもんがあるんだからそう急かすんじゃないの」
待ちきれずにぴょんぴょんと星花の周りを飛び跳ねる夕凪の首根っこを捕まえて、氷柱はそれを窘めます。
ぐえ、と小さい声が漏れて、夕凪はやっとおとなしくなって
「でもぉー…氷柱お姉ちゃんはプレゼントがなんだか気にならないの?」
「それは理由にならないわよ。それに、下僕の用意しそうなものくらいすぐに検討付くわ」
氷柱の当然だという態度に、ハハ…と陽太郎は苦笑をして、
「あ、いいんです氷柱お姉ちゃん!……あの、お兄ちゃん、開けてみてもいいですか?」
「うん、もちろん。でも、気に入ってもらえるかどうか分からないから……あんまり期待はしないでね?」
そんなことないのに――と星花は思います。
サテン地の真っ赤なリボンでくるりと結ばれ飾られた、ライトグリーンの大きな不織布に包まれたプレゼント。
あまりに大きいものだから、すごく重いのかな? と星花は思ったけど、
兄の手から渡されたそれは、星花でも軽々と持てるほどには軽く、しかし心地のよい重さがありました。
そして、不織布の中に隠れているプレゼントの形と感触が、星花の手に伝わってきて――
正直に言えば――氷柱の言うように、星花にもこの中に何が入っているのか、なんとなく分かってしまいました。
それでも、楽しみが無くなったわけではありません。
むしろ星花の胸はさっきよりもドキドキとしていて、
震える手で、丁寧に包装を解いていきます。
そして――
そこから出てきたプレゼントは、大きな大きな、白黒の――
パンダの、ぬいぐるみでした。
「わぁ…!」
『きゃーっ!』
それを見た星花の妹たちが、わっと星花の周りに集まってきます。
「せいかもねえちゃんのぱんださん!かわいいv」
虹子の楽しそうにはずんだ声と、
「ふわぁ……ミーチカちゃんよりずっとおっきい…」
さくらのちょっと羨ましそうな声、
「ふむ、確かにすごい大きさじゃのう?」
「観月よりも大きいんじゃない?」
「む、わらわはそんなに小さくないのじゃ!」
それに観月とマリーの小さなケンカが重なって――
とたんに賑やかに、ちびっこたちの、ぬいぐるみとの背比べが始まります。
「マリーはヨユーで勝ちね!」
「そらは?ちっちゃい?」
「ちょっと待って?ほら青空ちゃん、ぴしっと気をつけをして――」
「さくらも被り物を脱ぐのじゃ、ちゃんと測れないじゃろう?」
「正確に計測するには、メジャーなりを持ってきた方が良いのでは……」
「いーのいーの吹雪ちゃん、こういうう風なのが楽しいんだから!」
と、そんな自分よりも大きな新入りに興味を示した子が一人、こっそりとハイハイで近付き始めます。
「だー?あーっちゃ?」
「あっ!駄目ですよあさひちゃん、これは食べものじゃないんですから」
「小雨、そんなに決めてかかるとあさひが怒るぞ?ほら――」
あさひを抱き上げる小雨を見て霙がそう茶々を入れた途端に、あさひはじたばたとあばれ始めます。
確かにそれは、小雨に何かを抗議しているようにも見えて、
「だぁ!うぶぶぶぶ……んばだぁっだ!」
「ご、ごめんなさいあさひちゃん、そういう訳じゃなくて……」
「まあ、私の制服のスカートを食べてくれたこともあったからな、な?あさひ?」
「ぶぅー…んば?」
ヒカルは小雨の腕からあさひを引きとると、懐かしむような声色であさひに語りかけます。
それはちょっと前の話――ヒカルは自分の真新しい制服のスカートを、あさひに食べられてしまった事があって。
ヒカルは結構気にしていたのに、あさひは何のことだか全く分からないと、不思議そうな顔をしていました。
「おい、覚えてないのか?参ったな……」
と、ヒカルは楽しそうに笑って――
「あのプレゼントは下僕が選んだの?」
「うん、どうだったかな…?」
「私に聞かれても困るんだけど」
星花を中心とした賑やかな輪からちょっと離れた場所では、陽太郎と氷柱のプチ反省会場が出来ていました。
「んーいや、子どもっぽいかなって思ったんだけどさ、思い切ってプレゼントしてみて、どうかなって」
「ふん、まあ十分子どもっぽいわね。ティディベアとかならまだ許せたかもしれないけど……」
「ぐっ…」
気にしていた所を抉るような氷柱の言葉。
「……ま、その答えは星花の様子を見たら分かるんじゃないの?」
そう言って氷柱が促した視線の先。
そこには、夕凪や吹雪や、立夏に小雨に、それに幼稚園組のみんなに囲まれて、笑顔でみんなと話をしている星花の姿がありました。
もちろん、そこには大事に抱えられた、パンダのぬいぐるみがあって
「下僕にはあれががっかりしてるように見える?」
「……いや」
「ならいいじゃない」
「でもさ、ほんとによかったのかな」
「まあ下僕頭で100点を取るってのを考えるほうがアレだけど――」
そこで、ふと星花は陽太郎達の視線に気づきます。
星花はそれに、少し照れたような表情ではにかんで――
「お兄ちゃん――ありがとうございます!」
でも、とびきりの笑顔を返して、そう言いました。
「……まだなにかぐだぐだ言うことはある?」
「……全く、はは、敵わないなぁ」
「当然ね」
「……お前じゃなくて、星花にだよ?」
「分かってるわよ」
フン、と氷柱はそっぽを向いて。
そして――
「ふぅ……っと」
お風呂上りの星花は、自分のベッドの上にすとんと腰をおろして、
部屋には自分一人だけ、ぶぅんと回る扇風機の音がやけに大きく聞こえてきます。
扇風機の風は火照った星花の肌の上を流れると、肩まで下ろされた髪をゆるくなびかせて行きました。
「うん…」
星花はそこから、みんなから貰ったプレゼントがおいてある机の上を眺めながら、誕生日パーティの事をほんのりと思い出していました。
パーティのごちそうも、お祝いのアイスのケーキも、全部がおなかの中でじんわりと重たくなっていて、
幸せな気分のまま、星花はベッドに横になってしまいたい気分でした。
でももうちょっとだけ、髪が乾くまで――
星花は自分の椅子に座らせていたぬいぐるみをベッドへ持ってくると、自分の隣へ座らせると、
もたれかかるように腕を回して、少しの間だけ、目をつむることにしました。
楽しい時間を、思い出しながら――
「あっつーい!」
「ただいまです」
「あ、おかえりなさい」
そうこうしているうちに、お風呂から出てきた吹雪と夕凪の二人が部屋に入ってきました。
「星花姉は、もうすっかりそのぬいぐるみが気に入ったようですね」
「うん、なんて言ったらいいのかな……なんだかすごくぴったりな感じがして…」
星花はうまい表現が思いつかなかったけれど、そんな言葉を選んで
「ふぅん、いいなぁ……ねえ星花ちゃん、夕凪にもちょっと貸してくれる?」
大事にしてね?と念を押して、星花は夕凪にパンダのぬいぐるみを渡します。
「わ、っと、すごい!もふもふしててきもちいい……」
「えへへ、そうでしょ?」
「うん、やっぱり星花ちゃんいいなぁ。夕凪もぬいぐるみ、おっきく出来たりしないかなぁ?」
「それは、どうなのかな……」
「後で試してみようっと、ねえ吹雪ちゃんも抱きしめてみようよ?」
「……いえ、私は今は遠慮しておきます」
いつの間にか扇風機の前に移動していた吹雪がそう断って、
「じゃあ吹雪ちゃんの分もぎゅーっ♪」
「うー……夕凪ちゃん、そろそろ……」
「まだー、もうちょっとだけ!」
「もう……」
こうして、3人の夜は更けていきます――
「おやすみー」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
真っ暗になった部屋の中、
星花は夕凪からやっと取り返して、ベッドの中へと連れ込んだぬいぐるみを改めて抱き寄せます。
腕の中にすっぽり……と言うには少し大きいけれど、収まりはとても良くて。
腕に擦れるぬいぐるみのさらりとした優しい感触に、やっぱり、うっとりしてしまって。
(――お兄ちゃんが選んでくれたプレゼント……)
星花はこのプレゼントを手渡された時の事を思い出して、ぬいぐるみを抱いた胸の中が、じんわりと暖まるような気持ちがしました。
夏の寝苦しくて暑い夜だというのに、それを忘れられるような、不思議な暖かさ。
ああ、それはまるで、すぐ側にお兄ちゃんが居てくれるような、そんな感じだなぁ……と、星花は瞳を閉じながら思います。
でも、眠ろうとしている頭でそんな事を考えたものだから、星花は急にこのぬいぐるみが、お兄ちゃんの分身のように思えてきました。
(えへへ、お兄ちゃん……)
甘えるように頭をぬいぐるみに押し付けると、真新しいぬいぐるみの香りがそこから溢れ出て、星花の鼻をくすぐります。
まっさらな匂いは今だけの匂い。
これからこのぬいぐるみはどんどん星花の匂いになっていくのでしょう。
(そうです、折角だから、名前をつけてあげないと――)
そう思い立った星花はまぶたを開いて、そこにある、ぬいぐるみの顔を眺めます。
そこには、真っ暗な部屋の中で、パンダの白いところだけが微かに浮かび上がって、不思議な逆シルエットがありました。
そんなぼんやりとした姿でもはっきりと分かるパンダの模様に、星花はなんだかくすりと笑ってしまいます。
(パンダさんにはどんな名前がぴったりなんでしょうか?)
(やっぱりかわいい名前が一番ぴったり……かな?)
(なら関羽様って感じでもないですし……やっぱり趙雲様とか?)
(あ、それなら阿斗ちゃんとかでも……劉備様なお兄ちゃんの赤ちゃんですし!)
そこで星花は、ふとある思いつきをします。
お兄ちゃんみたいなぬいぐるみなら……お兄ちゃんの名前から文字を貰って、それを付けてもいいかもしれない、と。
(お兄ちゃんの名前は陽太郎…だから、えっと…………)
そして、星花は口を開きます。
小さな声で、誰にも聞こえないように、
「陽…くん……」
星花は、囁いて。
――それは幸か不幸か、部屋の電気を消えていて、その顔は誰にも見られることは無かったけれど、
自分の言った言葉が自分の耳に入ってきたその瞬間に、星花の顔は、まるでリンゴのように真っ赤になってしまいました。
(~~~っ!)
悶えるように、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、
背中を丸めた星花は、ベッドの上で小さく縮こまってしまいます。
(ああ、ダメですこれ…なんだか、なんだか、恥ずかしすぎます!)
たった一言で星花が受けた、予想以上の大ダメージ。
星花の胸は、同室の夕凪と吹雪に聞こえるんじゃないかというくらいに、ドキドキと高鳴っていました。
「うぅ……」
もう寝なきゃ…とずっと星花は思っているけれども、体はとてもそんな気分にはなっていませんでした
体は熱くなってしまって、胸は高鳴って、頭の中にはさっきの事がぐるぐると巡っていて……
『陽くん』
たった一言の、例えば星花の姉の立夏なら簡単に呼びそうな、そんな名前。
でも、星花にとってその呼び方は、とてもこそばゆくて、きゅっと胸が苦しくなって――
そんななのに、不思議なことに、
他のどんな名前よりも、このぬいぐるみにぴったりな名前だと、星花は確信してしまいました。
……恥ずかしくて、もう二度と呼べそうにはないけれど。
「…お兄ちゃん……」
ぎゅうっと、今度は力いっぱい、ぬいぐるみを抱きしめます。
やっぱり、ぬいぐるみからは真新しい匂いがして――
誰にでもある、自分の一番大事な宝物。
星花にとっての、一番大事な宝物は、今日――
お兄ちゃんから貰った、この誕生日プレゼントになりました。
(おわり)
~~
挿絵は「「Lovely Baby*」」のやまざき美桜さんに描いていただきました!
可愛すぎるステキな星花をありがとうございます!
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