つりがね草
- SS置き場です。 9割方BabyPrincessの二次創作になります。
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眠れなくて
(…やっぱり、眠れないなあ…)
星花は暖かい布団の中で寝返りを打ちながら、そんなことを思う。
目がぱっちりと、さえている。
目を瞑っても、心臓がどきどきと、胸を叩く。
どれもこれも、今日の地震のせいだった。
今日、星花が学校から帰って来た頃――
おやつ前の時間だったから、皆でリビングでのんびりしていた頃。
とっても、とっても大きな地震が起こった。
最初はゆっくりだった。
ちょっと大きな地震かな、ぐらいにしか思わなかった。
でも急に、めまいがするような、星花の知らないもっと大きな揺れに変わった。
棚や机の上の物が落ちてきて、家中がガタガタと大きな音を立てて、すごく怖かった事を星花は思い出す。
さくらが大きな声で泣いて、観月ちゃんでさえも怯えた表情をしていて、星花も悲鳴をあげてしまって、
夕凪やさくら達と抱き合って、地震に心まで揺らさないように、必死に耐えていたのを思い出す。
思い出して、星花は布団の中でまた寝返りを打つ。
眠れない。
気持ちが張っているのだろうか。
こうして横になっていても、余震で身体が揺れると、どうしても少しだけ体がこわばってしまう。
「はぁ…」
体の熱を吐き出し、星花は寝ようと頑張るのを諦めて、ベッドから身体を起こした。
どちらにしろ、明日は土曜日で学校はおやすみ。
ちょっと悪い子だけど……夜更かしも朝寝坊しても大丈夫、たぶん。
部屋の電灯は、一番小さいオレンジ色の明かりが点けられたままで、うっすらと部屋の中を照らしている。
夕凪も、吹雪も、星花とは違ってすやすやと眠れているようで、
部屋の中にはふたり分の静かな寝息が満ちていた。
星花はちょっとほっとすると同時に、ちょっとだけ羨ましいとも思う。
二人を起こしてしまわないように、開け放したままで固定しているドアからそっと星花は抜け出ると
なんとなく、リビングへ向かう事にした。
誰か居てくれるといいな、と思いながら。
――地震直後は一瞬停電したけれども、幸い、この辺りは長い間停電しなかったようで、
高校生の姉達と兄が帰ってくる前には、電気も、水も、ガスも使えていた。
春風と蛍は水を貯めたり、おにぎりを作ったり、色々と準備をして、
兄はさくらや虹子といった、小さな妹たちが怖がらないようにと、いつも一緒にいてあげて。
綿雪はリビングの隣の部屋から、一時的にリビングへと部屋が移されて――
それからずっと、寝る前まで、多くの姉妹がリビングで過ごしていた。
だから、星花はなんとなくそこに足が向かう。
一人でいるよりは、誰かと一緒に居たかったから、
壁に手を添えながら、暗い廊下と階段をゆっくりと進んでいく。
そして、星花が一階にたどり着くと、リビングからは光と音が廊下に漏れていた。
それだけで、星花は少し安心する。
慎重だった動きも足早に側に寄って、そのドアをそっと開いた。
「――なんだ、眠れないのか?」
そこにいたのは霙だった。
霙はソファに腰掛けて、テレビを見ていたらしい。
星花に気付いた霙は、自分の座っている隣の席にクッションを置き直して、まあ座れと星花を促す。
「……うん」
おずおずと、星花はそこに座る。
なんだか少し、霙に寄りかかりたい気分になったけれど、それは我慢して。
テーブルを挟んで部屋の反対側にある大きなテレビでは、今も地震の様子を映しだしていた。
ちょうど今は人でいっぱいの東京の様子が流れていて、
どうやら電車が動かないらしく、仕事から帰る会社員達足が無くなっているらしい。
これが帰宅難民だとテレビの中の真面目な顔のニュースキャスターは言った。
「…海晴お姉ちゃんとママは?」
「まだ帰ってきてない。というよりは、帰れないと言ったところか」
帰ってきていない。という言葉に、星花の心臓は一瞬どきりとして、
「まあ無理に帰ってくるよりは局にいる方がいいだろう、たぶん二人ともそうしているだろうし、
明日になったら電車も動いて帰ってくるさ」
霙は落ち着いた声でそう言った。
星花はそんな霙をちらりと見る。その横顔はいつもの霙の横顔で――
「霙お姉ちゃんは、落ち着いてるんですね」
「ん?」
「星花は……」
ぽつりと、そうつぶやいて、ああ――と、星花は気付く。
眠れなかった、本当の所の理由。
自分の奥に燻っていた気持ちに。
「星花は、どうしたらいいか分からなくて……」
星花は無力だった。
地震が起こった時も、起こった後も、高校生の姉と兄が動いている中であたふたとしていることしか出来なかった。
こんな事態だから、星花のような小学生に出来ることなんて何もないし、むしろ守られる側というのも分かる。
大人の言うことをよく聞くようにと学校でも教えられた。
――分かっているけれど。
星花はぎゅっと、自分の服を掴む。
それでも、星花は自分の無力が悔しかった。
自分の未熟が虚しかった。
その後悔は、人の気持ちを汲んであげられる星花が、
テレビから流れてくるような災害の映像や雰囲気に当てられたせいだったかもしれなかったけれど、
それと同時に、星花が立てた想い――兄の役に立ちたいという、そんな想いから産まれたものだった。
兄の役に立ちたいと、何度も日記に書いたのに。
側にいたいとも言っていたのに。
いざとなると、何も出来ない自分がそこにいて。
星花はいたずらに自分を責めてしまう。
そんな星花の心情を知ってか知らずか、霙は俯いてしまった星花の頭をぐいと強く撫でやった。
シニョンにしていない、長い星花の髪が乱暴に揺れる。
「わっ」
「おおい、星花に何か飲み物を持ってきてやれ」
「はーい」
霙が注文をすると。キッチンから春風の声が返ってきた。
起きているのは、霙と星花だけではなかったようだ。
「――はい、星花ちゃん。紅茶でよかった?」
「あっ、ありがとうございます」
テーブルに置かれる一組のティーセット。その中には暖かい色をした紅茶が淹れられていて。
なんだか、ほっとする。
星花が一息つくのを見て、霙は口を開いた。
「……さて、星花でも出来ることを教えてやろう」
「本当ですか!?」
深夜なのに大声を出してしまって、慌てて星花は手で口を押さえる。
そして、星花は一言も聞き漏らすまいと霙の言葉を待つ。
「それはな」
「……」
「落ち着いていることだ」
「…………えっ?」
あまりに簡潔な答えに、口を押さえている手もするりと解けて、星花は拍子抜けしてしまう。
星花もそれは否定するつもりはない。確かにそれは大事なことだけれども、でも。
「まあ良く思い出してみろ、私は今日――何をしていたと思う?」
「ええと……あれ?」
星花はよく思い出してみる。
春風や蛍の事はよく思い出せる。色々と忙しそうにしていたから。
ヒカルや兄は非常洋持ち出し袋とか、重そうなものを運んでいて、
けれど、霙は……?
「――そうだ、何もしていない」
言い淀んでいる星花に霙はきっぱりと認めた。
「まあ端的に言ったらそうなるが、本当に何もしていなかった訳じゃない。
ただ私はあの皆が浮き足立っている状況で、落ち着いて、みんなの様子を見ていただけだ」
「様子…ですか?」
「そうだ、ああいうときはみんな視野が狭くなっている。単純なミスをして、それが大事になったり。
青空や虹子がふらふらとどこかへ行ってても気づかないくらいにな。
だから、私はなにもしないで眺めていた。何かが出来るように、な」
だから何もしていなかったわけじゃない。と霙は釘をさす。
「ああそれと、ひとり落ち着いている人間がいれば、そこにいる全員の頭が冷えていくものだ。
星花なら、それが分かるだろう?」
「……うん」
星花は、星花は少しだけ自分が恥ずかしくなった。
でもそれは、後悔とは違って――
やっぱり、よく分からなかったけれど、でも今度は星花の顔は下を向かなかった。
まっすぐに霙の方を向いて、話を聞いていた。
「星花も落ち着くように心がけるといい。どうせ、何も出来ないと焦ってたんだろう」
「その……えへへ」
当時の心境を見事に言い当てられて、星花は照れ笑いをすると。
笑えるようになったじゃないか。と霙も星花に微笑んで。
「そうしたら、やれることも見えてくるだろうし、きっとアイツも頼ってくれるだろう。
これから先まだまだありそうだからな」
もう一度、星花の頭を撫でた。ただし、今度は優しく。
「どうだ、もう眠くなったか?」
「はい。霙お姉ちゃん、ありがとうございます」
「私は――何もしていないさ」
「でも、実は何かをしているんですよね?」
「……フフ、そうだな」
「 おやすみなさい――」
そう言って、星花はリビングを後にする。
霙はその後姿を見送って。
「フフ、見えるようにもなったじゃないか」
「霙ちゃんもなかなかいいことを言いますね」
声をかけてきたのは春風だった。手に持った盆にはさっき星花が使っていたカップが乗せられていて。
「聞いてたのか? ……まあ私があんな言葉をかけてやるとは、柄にもないことを言ったものだ」
「でも、物は言いようですよね。ほんとに霙ちゃんだけ何も――」
「――さて、私もそろそろ寝よう」
「あ、逃げちゃだめですよ。霙ちゃんもちょっとは手伝ってください」
「わかったわかった、何をすればいいんだ?」
「停電対策と断水対策です」
「……めんどうだな」
「面倒でも今やらなくちゃ駄目なんです!」
「わかったって……」
全く、夜食でももらわないと割りに合わない……
霙はボヤきながら二階への階段を登る。
春風に付き合わされて日付も変わってしまった。霙の体もすっかり眠くなってしまって。
後はもう、ベッドに倒れ込むだけだ。二階の廊下を進んで行き。
その途中――寄り道して、霙はあるドアが開っぱなしの部屋を覗き込む。
三人の穏やかな寝息が、そこにはあった。
「……ふむ」
やれやれ、と霙は自分の部屋へと帰っていく。
(終わり)
星花は暖かい布団の中で寝返りを打ちながら、そんなことを思う。
目がぱっちりと、さえている。
目を瞑っても、心臓がどきどきと、胸を叩く。
どれもこれも、今日の地震のせいだった。
今日、星花が学校から帰って来た頃――
おやつ前の時間だったから、皆でリビングでのんびりしていた頃。
とっても、とっても大きな地震が起こった。
最初はゆっくりだった。
ちょっと大きな地震かな、ぐらいにしか思わなかった。
でも急に、めまいがするような、星花の知らないもっと大きな揺れに変わった。
棚や机の上の物が落ちてきて、家中がガタガタと大きな音を立てて、すごく怖かった事を星花は思い出す。
さくらが大きな声で泣いて、観月ちゃんでさえも怯えた表情をしていて、星花も悲鳴をあげてしまって、
夕凪やさくら達と抱き合って、地震に心まで揺らさないように、必死に耐えていたのを思い出す。
思い出して、星花は布団の中でまた寝返りを打つ。
眠れない。
気持ちが張っているのだろうか。
こうして横になっていても、余震で身体が揺れると、どうしても少しだけ体がこわばってしまう。
「はぁ…」
体の熱を吐き出し、星花は寝ようと頑張るのを諦めて、ベッドから身体を起こした。
どちらにしろ、明日は土曜日で学校はおやすみ。
ちょっと悪い子だけど……夜更かしも朝寝坊しても大丈夫、たぶん。
部屋の電灯は、一番小さいオレンジ色の明かりが点けられたままで、うっすらと部屋の中を照らしている。
夕凪も、吹雪も、星花とは違ってすやすやと眠れているようで、
部屋の中にはふたり分の静かな寝息が満ちていた。
星花はちょっとほっとすると同時に、ちょっとだけ羨ましいとも思う。
二人を起こしてしまわないように、開け放したままで固定しているドアからそっと星花は抜け出ると
なんとなく、リビングへ向かう事にした。
誰か居てくれるといいな、と思いながら。
――地震直後は一瞬停電したけれども、幸い、この辺りは長い間停電しなかったようで、
高校生の姉達と兄が帰ってくる前には、電気も、水も、ガスも使えていた。
春風と蛍は水を貯めたり、おにぎりを作ったり、色々と準備をして、
兄はさくらや虹子といった、小さな妹たちが怖がらないようにと、いつも一緒にいてあげて。
綿雪はリビングの隣の部屋から、一時的にリビングへと部屋が移されて――
それからずっと、寝る前まで、多くの姉妹がリビングで過ごしていた。
だから、星花はなんとなくそこに足が向かう。
一人でいるよりは、誰かと一緒に居たかったから、
壁に手を添えながら、暗い廊下と階段をゆっくりと進んでいく。
そして、星花が一階にたどり着くと、リビングからは光と音が廊下に漏れていた。
それだけで、星花は少し安心する。
慎重だった動きも足早に側に寄って、そのドアをそっと開いた。
「――なんだ、眠れないのか?」
そこにいたのは霙だった。
霙はソファに腰掛けて、テレビを見ていたらしい。
星花に気付いた霙は、自分の座っている隣の席にクッションを置き直して、まあ座れと星花を促す。
「……うん」
おずおずと、星花はそこに座る。
なんだか少し、霙に寄りかかりたい気分になったけれど、それは我慢して。
テーブルを挟んで部屋の反対側にある大きなテレビでは、今も地震の様子を映しだしていた。
ちょうど今は人でいっぱいの東京の様子が流れていて、
どうやら電車が動かないらしく、仕事から帰る会社員達足が無くなっているらしい。
これが帰宅難民だとテレビの中の真面目な顔のニュースキャスターは言った。
「…海晴お姉ちゃんとママは?」
「まだ帰ってきてない。というよりは、帰れないと言ったところか」
帰ってきていない。という言葉に、星花の心臓は一瞬どきりとして、
「まあ無理に帰ってくるよりは局にいる方がいいだろう、たぶん二人ともそうしているだろうし、
明日になったら電車も動いて帰ってくるさ」
霙は落ち着いた声でそう言った。
星花はそんな霙をちらりと見る。その横顔はいつもの霙の横顔で――
「霙お姉ちゃんは、落ち着いてるんですね」
「ん?」
「星花は……」
ぽつりと、そうつぶやいて、ああ――と、星花は気付く。
眠れなかった、本当の所の理由。
自分の奥に燻っていた気持ちに。
「星花は、どうしたらいいか分からなくて……」
星花は無力だった。
地震が起こった時も、起こった後も、高校生の姉と兄が動いている中であたふたとしていることしか出来なかった。
こんな事態だから、星花のような小学生に出来ることなんて何もないし、むしろ守られる側というのも分かる。
大人の言うことをよく聞くようにと学校でも教えられた。
――分かっているけれど。
星花はぎゅっと、自分の服を掴む。
それでも、星花は自分の無力が悔しかった。
自分の未熟が虚しかった。
その後悔は、人の気持ちを汲んであげられる星花が、
テレビから流れてくるような災害の映像や雰囲気に当てられたせいだったかもしれなかったけれど、
それと同時に、星花が立てた想い――兄の役に立ちたいという、そんな想いから産まれたものだった。
兄の役に立ちたいと、何度も日記に書いたのに。
側にいたいとも言っていたのに。
いざとなると、何も出来ない自分がそこにいて。
星花はいたずらに自分を責めてしまう。
そんな星花の心情を知ってか知らずか、霙は俯いてしまった星花の頭をぐいと強く撫でやった。
シニョンにしていない、長い星花の髪が乱暴に揺れる。
「わっ」
「おおい、星花に何か飲み物を持ってきてやれ」
「はーい」
霙が注文をすると。キッチンから春風の声が返ってきた。
起きているのは、霙と星花だけではなかったようだ。
「――はい、星花ちゃん。紅茶でよかった?」
「あっ、ありがとうございます」
テーブルに置かれる一組のティーセット。その中には暖かい色をした紅茶が淹れられていて。
なんだか、ほっとする。
星花が一息つくのを見て、霙は口を開いた。
「……さて、星花でも出来ることを教えてやろう」
「本当ですか!?」
深夜なのに大声を出してしまって、慌てて星花は手で口を押さえる。
そして、星花は一言も聞き漏らすまいと霙の言葉を待つ。
「それはな」
「……」
「落ち着いていることだ」
「…………えっ?」
あまりに簡潔な答えに、口を押さえている手もするりと解けて、星花は拍子抜けしてしまう。
星花もそれは否定するつもりはない。確かにそれは大事なことだけれども、でも。
「まあ良く思い出してみろ、私は今日――何をしていたと思う?」
「ええと……あれ?」
星花はよく思い出してみる。
春風や蛍の事はよく思い出せる。色々と忙しそうにしていたから。
ヒカルや兄は非常洋持ち出し袋とか、重そうなものを運んでいて、
けれど、霙は……?
「――そうだ、何もしていない」
言い淀んでいる星花に霙はきっぱりと認めた。
「まあ端的に言ったらそうなるが、本当に何もしていなかった訳じゃない。
ただ私はあの皆が浮き足立っている状況で、落ち着いて、みんなの様子を見ていただけだ」
「様子…ですか?」
「そうだ、ああいうときはみんな視野が狭くなっている。単純なミスをして、それが大事になったり。
青空や虹子がふらふらとどこかへ行ってても気づかないくらいにな。
だから、私はなにもしないで眺めていた。何かが出来るように、な」
だから何もしていなかったわけじゃない。と霙は釘をさす。
「ああそれと、ひとり落ち着いている人間がいれば、そこにいる全員の頭が冷えていくものだ。
星花なら、それが分かるだろう?」
「……うん」
星花は、星花は少しだけ自分が恥ずかしくなった。
でもそれは、後悔とは違って――
やっぱり、よく分からなかったけれど、でも今度は星花の顔は下を向かなかった。
まっすぐに霙の方を向いて、話を聞いていた。
「星花も落ち着くように心がけるといい。どうせ、何も出来ないと焦ってたんだろう」
「その……えへへ」
当時の心境を見事に言い当てられて、星花は照れ笑いをすると。
笑えるようになったじゃないか。と霙も星花に微笑んで。
「そうしたら、やれることも見えてくるだろうし、きっとアイツも頼ってくれるだろう。
これから先まだまだありそうだからな」
もう一度、星花の頭を撫でた。ただし、今度は優しく。
「どうだ、もう眠くなったか?」
「はい。霙お姉ちゃん、ありがとうございます」
「私は――何もしていないさ」
「でも、実は何かをしているんですよね?」
「……フフ、そうだな」
「 おやすみなさい――」
そう言って、星花はリビングを後にする。
霙はその後姿を見送って。
「フフ、見えるようにもなったじゃないか」
「霙ちゃんもなかなかいいことを言いますね」
声をかけてきたのは春風だった。手に持った盆にはさっき星花が使っていたカップが乗せられていて。
「聞いてたのか? ……まあ私があんな言葉をかけてやるとは、柄にもないことを言ったものだ」
「でも、物は言いようですよね。ほんとに霙ちゃんだけ何も――」
「――さて、私もそろそろ寝よう」
「あ、逃げちゃだめですよ。霙ちゃんもちょっとは手伝ってください」
「わかったわかった、何をすればいいんだ?」
「停電対策と断水対策です」
「……めんどうだな」
「面倒でも今やらなくちゃ駄目なんです!」
「わかったって……」
全く、夜食でももらわないと割りに合わない……
霙はボヤきながら二階への階段を登る。
春風に付き合わされて日付も変わってしまった。霙の体もすっかり眠くなってしまって。
後はもう、ベッドに倒れ込むだけだ。二階の廊下を進んで行き。
その途中――寄り道して、霙はあるドアが開っぱなしの部屋を覗き込む。
三人の穏やかな寝息が、そこにはあった。
「……ふむ」
やれやれ、と霙は自分の部屋へと帰っていく。
(終わり)
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